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2015年11月21日土曜日

若人に贈ることば

明けない夜はない


2人の高校生の読者から下記メッセージ(質問)をコメント欄からいただきました。




はじめまして。夜分遅くすみません。 
あゆむ様の文章を拝見し、お聞きしたいことがあるためコメントさせて頂きます。 
私は受験生の者です。この大切な時期に、精神状態がボロボロになっています。今までの人生(十数年しかありませんが)に後悔と反省が多すぎたため、その重みと現実と理想との板挟みです。ですがもちろん、人生の岐路に立ち、勉強に邁進しなければなりません。なのに、少し頑張って前向きになれたと思っても、ふと後悔がよぎりどん底に陥ってしまいます。そのサイクルが短くなり底は深まる一方です。どうにかしたいと検索していた時、このサイトに行き着きました。 
あゆむ様の文章を読んでいて少し心が楽になり、その説得力と、滲み出る優しさ、明るさに感動しました。 
あゆむ様の言葉の中に、必要な時に最適なタイミングで物事が起きる、というものがあり同感しました。また、エゴと真我の違いにも納得いたしました。
ですが、今まで自分を貶め続けているため、前向きな思考や、まして自分が神と思うことがどうしてもできません。 
どうすれば、あゆむ様のような境地に至り、エゴを捨てなおかつ全てを前向きにとらえ、良いエネルギーに変換し人生を送ってゆくことができるでしょうか。 
突然不躾にもこのような質問をしてしまいすみません。少しでもいいので、アドバイス頂けたらと思います。失礼いたしました。 
なおさん



あゆむさん 
はじめまして。私は高校1年生です。 
あゆむさんへ感謝の言葉を伝えることと、質問をさせていただきたいと思います。 
文章を書くのはあまり得意ではないので少々お見苦しいところがあるかと思いますが、何卒よろしくお願い致します。 
私はうつ病などの名前のついた病気はなく、思春期特有の悩む時期にあるそうです。 
そしてそれは、カウンセラーの先生や頼れる大人の方、友達の支えで乗り越えられつつありました。 
しかし、最近、自らの住んでいる地域で将来大きな地震が起きることが確定していることを突然思い出してしまい、とても暗い気持ちになってしまいました。 
自分が死ぬことよりも愛する家族がいなくなることがつらく悲しく、食事も喉を通らない毎日を送っていました。 
地震対策の話をしても親には深く受け止めてもらえず、ただただ不安が私の中にずっとありました。 
そこで家族とずっと一緒にいる方法、暗い気持ちを消す方法などを調べているときにこちらのブログへ辿り着きました。 
私のような悩みを持った高校生へ向けた記事を見たとき、涙がとまりませんでした。 
まだ不安は残っていますが、とても救われました。 
本当にありがとうございます。 
そして、質問なのですが……。 
私は神さまを信じています。 
どの宗教ということもなく、ただ漠然と、この世界には神さまがいて私たちを見守ってくださっているのだと思っています。 
しかし、自分は楽になりたいから神さまという存在を信じていたり、スピリチュアルの世界に足を踏み入れようとしているのではないかと不安になってしまいました。 
このような思いがあっても大丈夫なのでしょうか。 
また、思考を客観的に見る方法といいますか、エゴにとらわれない方法とはどういったことなのでしょうか。 
このようなことを初対面で質問してしまい申し訳ございません。 
不安のあまり繰り返しあなたの優しい言葉で元気をもらい続けています。 
そのことだけでも伝わっていれば幸いです。 
匿名さん

どちらも高校生ということで、これは真剣に答えないといけない…
などと思っているうちに、時間だけがどんどん過ぎていき…
このままでは何も書けなくなる…と思ったので、もうとにかく、僕が思ったままにお答えしようと思います。
僕は覚者でもなければ、悟ったわけでもない、ただの人間です。
なので、参考程度に読んでもらえたら幸いです。
(いつもは不特定多数の読者を想定して書くのですが、今日はコメントをくれたなおさんと、匿名さんに向けて書きます。あとスピリチュアルな視点からと言うよりも、人生の先輩?として、本当に素直に僕の体験談もまじえてお答えします。)

なおさん&匿名さんへ
僕がコメントをもらって、最初に思ったことは、
若くして、深く悩んでいてたいへんやな… でも、そんな若さで、人生の深いテーマにであった二人は、ある意味早熟というか、スゴイな… って思いました。
70歳、80歳になってもエゴだけの人もいます。
僕みたいに40歳を前後に、やっと本当の自分に気付き始めた者もいます。
でも今は時代がもっと進んでいて、10代とかでも、本質に気づく人もいます。
なおさんも匿名さんも、きっとそうなんだと思います。

そもそも一般的な高校生って、AAAとか、エグザイルとか(どちらのグループも僕はよく知りませんが…)、そういうのに夢中で、こんな精神世界のブログなんて読まないと思います。
このブログにたどりついたこと。そして僕の文章をよんで、何かを感じてコメントまで残してくれたことを、僕は嬉しく思うし、そういう積極性(普通はブログを読んでもなかなかコメントなんて残しません。僕も相当感動しても、ブログのコメントを残したことなんてほとんどありません)も素晴らしいと思います。
たぶん、僕とあなたが、どこかで出会っていたら、きっと意気投合というか、話が盛り上がったような、そんな親しさを勝手に感じている僕です。


では、まずなおさんから、具体的にアドバイスをしたいと思います。まずこの部分ですが…

私は受験生の者です。この大切な時期に、精神状態がボロボロになっています。今までの人生(十数年しかありませんが)に後悔と反省が多すぎたため、その重みと現実と理想との板挟みです。ですがもちろん、人生の岐路に立ち、勉強に邁進しなければなりません。なのに、少し頑張って前向きになれたと思っても、ふと後悔がよぎりどん底に陥ってしまいます。そのサイクルが短くなり底は深まる一方です。どうにかしたいと検索していた時、このサイトに行き着きました。

僕も通ってきた道なので、なんとなく共感できます。
僕も高校3年生の受験生の時に、精神的にかなりショックなことがあり、きつかったです。
具体的には、ともに受験がんばろう!なんて誓いあっていた彼女に突然ふられて、かなり落ち込んでしまったんですね…
なおさんの人生に何があったのかは僕にはわからないし、僕なんかよりもっとヘビーな問題を抱えているのかもしれません…

2つアドバイスがあります。
一つは、時間が解決してくれる…ということです。
受験生の当時は、かなり落ち込んだしきつかったけど、今現在の僕はその時のきつさを思い出すことは全くありません。というか、大学に合格した瞬間に全ての負の要素は消え去り、楽しく四年間を過ごすことができました。
そして、41才の僕と、17才・18才の時の僕は、もう完全に別人です。
痛みも悲しみも後悔も失敗も、時間の経過とともに、必ず癒えていきます。
だから、なおさんも安心してください。
今、どれだけ辛くても、必ず出口はあるし、あけない夜がないように、かならず太陽はまた登ります。
それに、失敗とか、後悔とか、そういった痛みを経験することで、人はそこから何かを学ぶことができます。
同じ立場の人にも心から同情することができるようになります。
僕の持論である、
ベストなことがベストなタイミングで起きる…
というのは、いいことだけでなく、悪い出来事も含みます。
ただ悪い出来事というのも、その時はそう思えるだけであって、ホントはその悪いことも、長い目でトータルで見ればやっぱりいいことなんです。
僕もいっぱい失敗してきて、思い出すだけで顔が赤くなって「わ〜〜〜〜〜!」と叫びたくなるような、恥ずかしいこともいっぱいしてきたし、人を思いっきり傷つけてしまったこと… 逆に傷つけられたこと…
やり直せるなら、二度とあんなことはしない…
というような出来事もたくさんありますが、やっぱり全部必要なことだったし、起るべくして全てが起こっていたんだなと思います。
なおさんも、何年かたてば、今の苦しみを遠い淡い記憶として、振り返ることができるようになります。
だから、あまり心配しないでね。

アドバイス2
ですがもちろん、人生の岐路に立ち、勉強に邁進しなければなりません。
↑この部分、よくわかります。
僕の場合は、彼女に振られたショックで精神的にボロボロになったのですが、どこかのタイミングで開き直りました。
具体的には、彼女を絶対に見返してやる! 

という負のエネルギーです…(滝汗)

そういうエネルギーがいいものかわるいものかはわからないけど、僕は気が狂ったように勉強に打ち込みました。
ちょっと受験当時のことを振り返ると…
僕は実は、高校生の時は軽音楽部でずっとバンド(ドラム)をやっていて、プロになる! なんて思っていたから、勉強は全くせずに、ひたすら音楽をやっていました。
なので成績は最低で、いつも補習地獄でした…
ただ高校3年生になった春に、やっぱり大学に行きたい! と突然思い立ち、そこから真面目に勉強をはじめました。
当時、僕の高校では、日本史の授業は選択制で高校3年生からはじまるシステムでした。今まで勉強をサボってきた僕でも、これならスタートラインはみんなと一緒! と思って、日本史をアホみたいに勉強したら、3年1学期の最初の中間テストで100点をとることができました。(日本史って頭の良さというより、暗記だけの世界ですからね…)
先生が「学年で100点はお前だけや!」とみんなの前で褒めてくれて、アホの俺が学年で1位! というのが、クラスメートをはじめ、学校のちょっとしたニュースになって、それが気分よくて、勉強おもしろい! ってその時はじめて思いました。
それで、頑張っていこう! と思っていた矢先に彼女にフラレてしまったわけです。
まあ、それも俺に原因があったんで彼女を責めることはできないんだけど…
ただ、落ち込み時期を過ぎたあとに、その痛みを勉強するモチベーションに変えて、ひたすら勉強しました。
その結果、運命の皮肉というか、してやったりというか、
彼女の第一志望の大学に僕は受かり、彼女は落ちました
当時の僕は、なんとなく
勝った!。.゜+:ヽ(*´∀`)ノ.゜+。
と思いました。

というのも、彼女は僕と別れた直後に、いけすかない奴とすぐにつきあって、その彼氏と一緒に、その大学を目指していたからです。
その二人が落ちて、僕が受かってしまったもので… 

まあ、僕も若かったということで…(・ω・`;A



ちょっと脱線してしまいましたが、僕がいいたいのは
今のピンチとかマイナスを逆にチャンスに変えてほしい…ということです。
行きたい大学があるのであれば、とにかく勉強するしかありません。
精神的な辛さ…というハンデを抱えながらも、勉強をがんばっている自分… ってきっとかっこいいです。
それで、行きたい大学に受かったら、それはすごい成功体験だと思うし、きっと自分にとっても大きな自信になります。
僕も、それまでは自分のことをアホだと思ってましたが、あの辛い受験を乗り切ったこと、そして合格できたことは、すごく大きな自信になっていて、その後の人生を大きく助けてくれました。
本気だせば、俺は何でもできる! 

ぐらいに思っています。


最近全然本気出せてないですが…(滝汗)

なおさん…
とにかく、僕は応援しているよ!
悩んでいる時って、思考が堂々巡りしてしまいます… 
そんな時は、行動すること、手を動かすこと…
それが一番なんです。

そんなことわかっているけど、それでも勉強が手に付かない…
という状況かもしれません…

でもやるしかない時も人生にはあるかもしれない。

がんばって! とは言いません。とにかく応援しています。


なおさんの最後の質問
今まで自分を貶め続けているため、前向きな思考や、まして自分が神と思うことがどうしてもできません。
どうすれば、あゆむ様のような境地に至り、エゴを捨てなおかつ全てを前向きにとらえ、良いエネルギーに変換し人生を送ってゆくことができるでしょうか。
突然不躾にもこのような質問をしてしまいすみません。少しでもいいので、アドバイス頂けたらと思います。失礼いたしました。

僕は、実はそんな崇高な境地にいるわけでは全然ありません。
日々、失敗もするし、エゴも満載な男です。
ただ、毎日けっこう穏やかで幸せです。
ちいさな不安とか心配が起きてくることもありますが、そこにとらわれることは全くなりました。
それは何でかというと、宇宙を信頼しているからです。
そして、僕という人間を信頼しているからです。
もちろん人間である僕は愚かな面も多々あるのは十分承知しています。
でも、同時に自分が神であることを知っているので、信頼できるのです。
もちろん、なおさんも匿名さんも、今このブログを読んでいるあなたも
神です。

こういう境地?に至ることができたのは、やっぱり鬱病がきっかけです。
あれがなければ、僕は自分が神だなんて思うことはなかったと思う。
それまでは、神さまは信じていたけど、それはずっと自分の外にあった。
そして、僕はエゴの僕を僕自信と思って、日々思考し、それなりに努力してがんばって生きてきました。
ただ、ウツで全てが壊れて、解体された。
救われたくて、救われたくて、本をたくさん読んだ。
ワンネス? あなたはいない? 人は死なない? あなたは神?
???????
だったけど、必死で読んだ。
そして、こんなボロボロな僕だけど、自分を神と信じることにした。
神として生きることを決意した。
そこから僕は徐々に回復して、現在では生きることが本当に楽になりました。
心配してもしょうがいない… 
それに心配しているのはエゴさんです。そのこともわかっているので、すぐに心配事を手放せるようになりました。
誰もがウツになる必要なもちろんないです。僕の場合はたまたまそれがきっかけでしたけども。
ただ、何かにぶつからないと、なかなかエゴの存在には気づきえないと思う。
だから、どんな悩みも苦難もオールオッケーでオールウェルカムなんです。

なおさんもね、悩んでいるのはなおさん自身じゃないんだよ。
なおさんのエゴが悩んでいるんだよ。
そして、それは間違ったことでもないんだよ。
ただ、エゴさんの存在に気づき、見つめてあげてください。
そして、そんなの思えない! と思っても
神である私、無敵である神の私
を信じてください。
私は神なんだ!って思えるまで思ってください。(無理やりにでも)
どこかのタイミングできっとそのことが腑に落ちると思います。
そして、それが腑に落ちたら、本当になおさんは無敵です。
敵ないなくなるし、全てが許せるようになります。
他人のことも、そして自分のことも。
人生が奇跡になります。


モーニング・サン



匿名さんへ

私はうつ病などの名前のついた病気はなく、思春期特有の悩む時期にあるそうです。
そしてそれは、カウンセラーの先生や頼れる大人の方、友達の支えで乗り越えられつつありました。

しかし、最近、自らの住んでいる地域で将来大きな地震が起きることが確定していることを突然思い出してしまい、とても暗い気持ちになってしまいました。
自分が死ぬことよりも愛する家族がいなくなることがつらく悲しく、食事も喉を通らない毎日を送っていました。
地震対策の話をしても親には深く受け止めてもらえず、ただただ不安が私の中にずっとありました。

そこで家族とずっと一緒にいる方法、暗い気持ちを消す方法などを調べているときにこちらのブログへ辿り着きました。
私のような悩みを持った高校生へ向けた記事を見たとき、涙がとまりませんでした。
まだ不安は残っていますが、とても救われました。
本当にありがとうございます。

あなたは本当にやさしい人ですね。
そして、自分を支えてくれる大人や友達がいる。
とても素晴らしいことだと思います。

あなたには、今、何ひとつ間違ったことは起こっていません。
地震のことも、これだけマスコミやネットで
必ず地震はくる
いついつぐらいにくる
この地域にくる
という情報にあふれているので、そういう不安
あなたの場合は、自分というよりも家族や友人の心配ですが、
そう思ってしまうのも無理はありません。

事実、日本は地震の多い国です。
火山もたくさんある国です。
これまでにも地震はあったし、これからもあるかもしれません。

ただ、都市が崩壊するような大地震が本当に起るかなんてことは誰にもわからないです。
いつぐらいに、この地域に… ということも言われていますが、それが実際に起きるかなんてことはわかりません。
備えること…は間違ったことではありません。
道路を横断する時に、左右を確認するような話です。

ただ…
とらわれる必要はありません。

何故ならとらわれたとしても、僕たちにはどうすることもできないからです。
地震をコントロールできる人はいないので。

ちょっと極論みたいなことを書いてもよかですか?
死は忌むべきもの、悲しいもの… という常識があります。
間違いではありません。
死にたくない… 自分もそうだし、家族や友人にも死んでほしくない…
これも当然の想いです。
僕もそう思っています。

ただ、

人な死なない
という究極の真理というか、説があります。

僕は阿部敏郎さんの講演会で阿部さんに「阿部さん自身は自分が死んだらどうなると想いますか?」と質問したことがあります。
僕の友人の母親が若くして亡くなって、相当落ち込んでいて、当時相談をよく受けていたから何らかのアドバイスをしたかったし、死後の世界について阿部さんがどう思っているの聞きたかったのです。
その質問に対する阿部さんの答えは
「私は死にません」
でした。
「ガチョーンでしょ? でも本当にそうなんですよ」
と阿部さんは付け加えました。

人な死なない… という説を受け入れるのは、けっこうハードルが高いかもしれません。
僕は昔から天国とか死後の世界については信じていたけど、

人は死なない!

という言い方はちょっと衝撃でした。

肉体的な死という意味では死はあります。
魂・スピリットと呼ばれるものが抜けた肉体はやがて朽ちて消えてなくなります。
ただ、私たちの本質であり本体である、魂・スピリットは永遠不滅で死にません。
そういう観点から見れば、人は死なないのです。

例えばの話として、地震であれ、事故であれ、病気であれ、誰かが死んだ時、人は悲しみます。
当たり前の話です。

ただ、死んだ当人は悲しんでいるのか?
実は、これについては、残された人間にはわかりません。

死後の世界とか霊界について真実を知りたい! と思っていた時期が長く僕にはあって、臨死体験の本とか、死後の世界について書かれている本をたくさん読みました。
また、実際に臨死体験をした人、身内が臨死体験をいた人から直接話を聞いたこともあります。
そして、臨死体験をした人のほぼ全員が同じことを語っています。
それは、
死は一切苦しくない

死は一切悲しくない
ということです。

そして、驚くべきことに、
死に際して人々は、最高の至福感
神の元へ帰っていく喜び
ワンネスの光に帰っていく喜び
を語っています。

なので、死にかけて、臨死状態になって再び、目を覚ましこの世に戻ってきた人は
この世に戻りなくなかった!
と一様に言っています。

よく死にかけの肉親に病床の橫で、家族が名前を呼びかけて、奇跡的に目を覚ます… というような場面が現実でもドラマでもありますが、僕の知り合いで、この状態から復帰した人はこう言ってました。
「なんで呼び戻したんだ!」
と
「せっかく、全てがラクになって、最高に幸せだったのに」
と。

僕は実際に臨死体験をしたことはないけど、きっとそうなんだと思います。
人の死、死後の世界について心配な人がこれを読めば一発で心配がなくなる!と僕が思う良書があります。




 どちらも超絶リアルな実話の体験談です。

そして、愛にあふれています。

神さまの愛って完璧やなって泣けてきます。

なので、僕は積極的に死にたい… とは全く思いませんが、

死ぬ時には死ぬし、それは全然悪いことじゃないなと思っています。

ただ、肉体が死ぬだけで、僕という本質、神である本質は決して滅びません。

というか、どちらかといえば、肉体とともに生きている現実世界がイレギュラーな状態であって、本来の僕たちの姿というか、状態は、肉体がない、魂・スピリットの状態のようです。


匿名さん…

こんなふうに想像してください。

あなたでもいいし、あなたの兄弟でもいいですが、

例えば冒険が大好きで
数年間に渡る世界一周旅行に出かけていたとします。

時にジャングルで猛獣に襲われそうになったり、砂漠で遭難しそうになったり、氷の世界で凍傷になりそうになったりしながらも、冒険の間、自分の生と充実感を感じていたとします。

しかし、どんな楽しい旅にも終わりがあります。

もっと旅を続けたい! と思いながらも、日本に帰り、我が家に帰ってきました。

冒険していた身としては、我が家に帰るのは、旅の終わりを意味するものであり、少し寂しさを感じたりするかもしれません。

でも、そこは元々、自分が生れ育った場所であり、家族があり、とてもあたたかな場所です。

きっと、ああ我が家に帰ってきた… と荷物をほどいて、お風呂につかって、ほっとしたら、「ああ、やっぱり我が家が一番やな…」と安心して、布団に入ってぐっすり眠りに入ると思います。

この我が家の布団に入って寝る

というのが死です。

死ってこんな感じと言われています。

それが死なら、それは苦しみとか悲しみではなく、大きな人生という冒険を終えて、ほっとして我が家であるあの世、天国とかワンネスとか神のみ元とかに帰っていくのは、すごく安心で、幸せな瞬間なんだと思います。



自分の家族が亡くなったら… と考えるだけで悲しくなる気持ちはわかります。

誰だってそうです。

僕だって、家族が死んだら、そりゃあ悲しんで悲しんで泣きまくります。絶対にイヤです。

だけど、同時に知っています。

ああ、この世を卒業して、神さまの元へ帰っていたんだな… ということを。

これは大きな救いになります。


テロで多くの方がなくったり、自然災害で多くの方が亡くったり… ということは実際にあります。

それは悲しい出来事であり、もし自分の身内や知り合いを亡くした方にとっては、そういう不慮の事故で亡くなることは本当に悲しいことです。

ただ、それが事故であれ、病気であれ、老衰の大往生であれ、神さまの愛に差別なんてものはもちろんなく、全ての魂に神の愛があり、救いがあります。

そういうことをわかった上で、僕たちは
過去を案じず
未来を心配せず
今、生きていること、
家族や友人とともに元気に生きられていることに感謝して生きていくことが大事なんだと思います。

魂は永遠といっても、肉体をもっているお母さんに直接マッサージをしてあげたり、ありがとうを言えるのは、今だけです。

だから、僕たちは、この奇跡的な人生の中で、今の自分、今自分の家族や友達や周囲にいる人に感謝して生きていく、それしかないのだと思います。


そして、質問なのですが……。
私は神さまを信じています。
どの宗教ということもなく、ただ漠然と、この世界には神さまがいて私たちを見守ってくださっているのだと思っています。
しかし、自分は楽になりたいから神さまという存在を信じていたり、スピリチュアルの世界に足を踏み入れようとしているのではないかと不安になってしまいました。
このような思いがあっても大丈夫なのでしょうか。
また、思考を客観的に見る方法といいますか、エゴにとらわれない方法とはどういったことなのでしょうか。
このようなことを初対面で質問してしまい申し訳ございません。
不安のあまり繰り返しあなたの優しい言葉で元気をもらい続けています。
そのことだけでも伝わっていれば幸いです。

僕といっしょですね^^

僕も神さまを信じています。どの宗教ということもなく、神さまを信じています。
そして、神さまは僕たち全てを見守ってくださっています。
その通りです。

楽になりたいから神さまを信じているんじゃないか? という不安もよくわかります。

スピリチュアルに傾倒するのも結局人生からの逃避じゃないか? なんてことを僕も心配していたこともありました。

宗教に傾倒しすぎたり、スピリチュアル難民になるよりか、そういう自制心というか、客観的に自分を見れるのは、むしろまともというか、安全弁がちゃんと働いているということで、すごく健全なことだと思います。

でも、その上で、神さまを信じているし、真実を知りたいんですよね?

それで間違いないです! 

神であるあなたは、本当は全てを知っています。



思考を客観的に見る方法、エゴにとらわれない方法についてですが…

まず、一番大切なことは、自分のエゴの存在を認めることです。
認識することです。

エゴだけで生きている人こそ、自分のエゴに気付かないといけないのですが、悲しいかな、そういう人は自分のエゴに気づきません。一生気が付かない人もいます。

匿名さんの場合は、どうやったらエゴにとらわれないのか? と質問しているぐらいですから、すでに自分のエゴを認識しているわけです。高校一年生で! これはスゴイことです。

エゴの存在を認めているということは、もう8割方エゴに勝利?しているようなものです。

実はね、エゴのない人間なんていなくて、どんな覚者であっても、そういう一面はあるものです。

違いは何かというと、エゴと一体化していない… ということです。

そのためには、観察です。

怒りを感じた時

悲しみを感じた時

あるいは有頂天になっている時

それを感じているのは、誰なのか?

エゴなのか、それとも神である私が感じているのか? ということをジャッジするクセをつけることです。

たいていの場合、エゴがストーリーをでっちあげていることに気づけます。

そういう時は、一生懸命自分を守るために、エゴさんががんばっているんだな〜と、ただ観察してあげてください。

エゴを消そう! とか、エゴは間違っているとか思う必要もありません。

肉体がある以上は、食欲・性欲・睡眠欲というような欲はあるし、社会的生きものである人間は、人から認められたいという承認欲求のようなものもあります。

人に面と向かって悪口を言われたら腹も立つでしょう。

やられたら、やりかえす! と思うのも人間の性かもしれません(ex:空爆とテロもエゴとエゴのぶつかりあいです)。

ただ、エゴとかストーリーで生きていると、なぜか良くないことばかりが起きます。
(ex:空爆すればするほどテロはエスカレートします)

また、エゴの強い特徴として、人より勝りたい!という意識があります。
しかし、競争社会にゴールはなく、エゴで生きていたら、心から安らげる瞬間というのがありません。

逆にエゴから離れ、神として生きれば、不思議なぐらい、悪いことが起きなくなり
いいこと、嬉しいこと、たのしいこと、おだやかなこと、ばかりが起きます。

幸せやな… ありがたいな…

と思えることばかりになります。


匿名さんも、すでにそういう生き方を選択しているんだと思います。

きっと、いろんなことがどんどん良くなっていくと思います。




PS
なおさん&匿名さんへ さいごに


なんだか人生の先輩よろしく、上から目線で書いてしまってm(_ _)m

偉そうなことをたくさん書いてしまいましたが、僕は聖人君子とは対極にある
エゴ&煩悩マシーン…時々反省…みたいな男です。

心配することもあるし、文句を言いたくなく瞬間もあります。

でも、やっぱり人生って楽しいです。

素敵な人がいっぱいいます。

あなたたちと、こうやってブログを通じて出会えたことも素敵なことです。

見ず知らずの41歳のおっちゃんに相談してくれて、こういうのって嬉しいです。

あなたは神で、人は神です。

だから神である自分を信頼すると同時に、神である人間を信用して、人にはどんどん相談していいし、頼ってもいいんです。

人生ゲームの楽しみって人との出会いや関わりあいです。



僕にも高校生の時がありました。

それから20数年さらに生きてきましたが、楽しいことがいっぱいありました。

辛い経験もあったのかもしれないけど、あんまりよく覚えてないです。

きっと、なおさんにも、匿名さんにも、これからたくさんの楽しい出来事が待っています。

とにかく、ありのままのあなたで、あるがままに、好きに人生を生きてください。

二人の若人のこれからの人生にますますの幸あらんことを!



PS2
コメント欄で二人にアドバイスしてくださった方、ありがとうございました!
(*^_^*)





★
編集後記

AAAはよくわからない僕ですが
BABYMETALは大好きです。

何年か振りにライブに行ってきました!
(Zeppなんば)



★おすすめの本

ついに読みはじめました。
本が分厚くて重い…
手にもっては読めません…
でも、内容は深い!
究極の一冊かもしれません。
まだ8分の1ぐらいしか読んでませんが!
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■最近書いた記事





























※これより以前の記事は下記リンクから読めます。


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2015年10月6日火曜日

スピリチュアルとリアルな人生と…

スピリチュアルとリアルな人生と…


先日更新した記事「自由に生きる」にHNもんじ様より、以下の質問コメントをいただいたので、僕なりの回答を書かせていただきます。

以下、HNもんじ様からのコメント


初めまして。 いつもブログ拝見させていただいております。 あゆむ様は、一度は地獄を味わったのでしょうが、短期間に復活して、マイホームを建てて、フリーで稼いで人生を謳歌している様子に感心します。 やはり、今のように人生が好転したのはスピリチュアルの影響が基盤になっておられますか? 私も鬱になりスピリチュアルに傾倒しましたが、一向に人生が良くならず、もう、スピリチュアルなんかにうつつを抜かすのを止めようかと最近悩んでおります。

コメント以上


メッセージありがとうございました。

確かに僕は、欝という僕の人生の中では一番つらい地獄を味わいましたが、結果としては、それは神の恩寵であったと思っているし、生活全般の質は以前より良くなりました。

金銭的にも、時間的にも豊かになったし、
何より精神的な部分でかなり楽になりました。

本当にラッキーだったと思います。

今のように人生が好転したのはスピリチュアルの影響が基盤になっておられますか?

という質問の回答としては…

イエス

だと思います。


今、はっきりと断言できることは、欝になる以前の僕、本当のスピリチュアルに目覚める前の僕は、完全なるエゴの入れ物、エゴ・マシーンでした。

悪逆無道の限りを尽くすアウトロー…(▼皿▼*)/ 
…というわけでは、もちろんありませんでしたし、信仰のある家に生れ、ずっと神さまを信じてきたので、どちからというと善良に生きてきたタイプだとは思います。

でも、今振り返ると、はっきりとわかります。僕は完全にエゴだけで生きていました。

瞬間的に、神さまにつながったり、神心になっているような時も〝ときどき〟ありましたが、基本的にはエゴで生きていました。

まず、前提条件が完全に間違っていました。

それは何かというと、神との分離感です。

神さまとは、祈る対象であり、拝む対象でした。

「人は神の子、神の宮」という教えを知っていたし、「人は神の分霊(わけみたま)」という教えを信じていたにもかかわらず、やはり神という、この宇宙を作ったすごい存在と、肉体を持つ、自分自身とは別個の存在だと潜在意識の底では思っていたのです。

あとは、本当に弱い人間でした。

人から認められたい

誉められたい

悪く思われたくない

と、いつも他人の目を気にして生きていました。

たぶん、自己肯定感が低かったのだと思います(このあたり、今、人の親になってみて、僕の親の教育にもけっこう問題があったことが、わかるようになりました。親を責める気持ちはありませんが…)。

他にもいっぱい弱点がありました。

他人との比較をついやってしまう

人の成功をうらやんでしまう…

攻撃されると、怒りを覚える

お金への執着

ズルさ…

さぼりたい…

ラクしたい…

偉くなりたい!

成功したい!


そんな人間でした… 
と過去形で語りたいところですが、残念なことに、上記の弱点・エゴは残念ながら、いまだに僕の中にしっかりと残っています。けっこう薄くなってきたとは思いますが…(←願望コミ(^_^;))。


ただ、欝という、人生最大の衝撃によって、僕の弱点もエゴも一度、

完全に解体されました。

もう、強制的に…

それまで、自分には才能がある… とか、人より仕事ができる… とかの諸々のプライド、自尊心、虚栄心、そういったものが完全に崩れ落ちてしまいました。

仕事どころか、家からも出れない、布団からも出れない、頭の中はずっとぐるぐるとめまいがして、自分でも「人間が壊れた…」と、絶望的に気分になりました。

その時、僕の心を支配していた心配はただ一つ…

「この欝は一生治らないかもしれない…」

というものでした。


そこまで落ちて、僕は、自分のいろんな欲とか、執着を捨てることができました。

逆にいうと、僕のエゴは、そこまで自分が落ちないと落としきれないので、そんな僕を救うために、神さまが、宇宙が、そのようなシナリオを作ってくれたのだと思います。

これって、本当にすごい愛だと思います。


とにかく、僕は、欝になることで、一度ゼロになることができました。


そして、神さまは、その後のシナリオもちゃんと用意してくれていました。

まずは、メンターさんとの出会いです。

あの、一番苦しい時期に、メンターさんからの電話の励ましがなければ、僕は死んでいたか、廃人になっていた可能性もあったと思うし、いまだにひどい欝状態であったかもしれません。

でも、その一番苦しい時期、必要な人が現れたのです。

僕の今の一番の座右の銘?である

人生(宇宙)には、
その時に一番必要なことが、
一番最適なタイミングで起こる

という法則が、まさに起こっていたのです。


そして、多くのスピリチュアルな本を読みました。

何も出来なかったけど、本だけは読むことができたのです。

というか、本を読まずにはいられなかったのです。

僕は本をむさぼるように読んだ理由はただ一つ…

救われたい…

でした。


最後には、もう神さまに頼るしかなかったのです。
(それまでにも、神さまを信じ、祈り、頼ってきましたが、この時はそんなレベルではありませんでした)

僕が読んだスピリチュアルの本は、全て覚者の書いた本です。

覚者は悟りを開いて、この世の、あの世の、真実を見てきた人で、神のメッセージを受け取った人です。

そこに書かれているメッセージは間接的ではありますが、神からのメッセージです。

その神からのメッセージに触れるたびに、僕は救われた気がしました(といっても、本を閉じるとまたすぐに欝状態に戻るのですが…)。

最後の最後で、僕はメンターさんから
「神として生きるか、人として生きるか」
の選択を投げかけられました。

僕に選択の余地は全くありませんでした。

というか、救われるためには、欝から回復するためには、神として生きるの一択しかなったのです。

そこで、僕は神として生きると決めました。

そう決意した日から、僕はみるみる回復していきました。( ・`ー・´) + キリッ

…といけばいいのですが、実際はそんな簡単なわけもなく、そう決意した後でも、欝状態はまだ続き、不安が尽きることはありませんした。瞑想もこの頃はやろうとしても、5分もできませんでした。

ただ、薄皮を剥くように、少しずつ回復していったのだと思います。

一度ゼロになったのが良かったのだと思います。

メンターさんのメッセージや、スピリチュアルな本のメッセージが、少しずつ魂という容器に満たされていって、気がつけば、欝状態から抜けだしていました(明確な境目、本日晴れてウツが治りました!(`・ω・´)b というような境目はありませんでした)。

あの、僕が〝ボワボワ〟と名づけていた、恐怖の目眩(めまい)がいつのまにか止まっていたのです。

僕は救われました。

ただ、欝が治った! と喜んだ後でも、何かの瞬間にフッと心配すると、そこから大きな不安と恐怖の波がやってきて、それに飲み込まれて、またあの〝ボワボワ〟に苦しめられる… ということをくり返しました。

ただ、この頃、脱・欝状態の時には、前に進む力が復活していたので、そこから早く脱出できるように、日々瞑想に取り組んだりすることができるようになっていました。

そして、気がつけば、何時の間にか、もう欝状態に戻ることはなくなりました。

うつ病の期間としては、
3ヶ月ほど地獄の欝状態があり、
その後の3〜5ヶ月は一進一退を繰り返しながら回復していったような感じで、
最終的に僕はトータル6〜8ヶ月ぐらいで欝状態から脱することができました。
(ウツの完治のことを寛解(かんかい)…というんですね。
今日知りました。僕は途中でメンタルクリニック通いを自主的にやめたので)

鬱病には何年も悩む人が多い中、比較的短期間で回復できたことは、本当にありがたいことでした。


そして、欝から本格的に回復した後は、経済的にヤバイ時期があったりもしましたが、恐怖に支配されることはありませんでした。

何故なら僕はもう身体が動くのです。
身体が動いて精神もマトモであれば、仕事さえ選ばなければ、どこでだって働くことができるし、なんとか家族を食べさせることはできるのです。

そんなふうに割り切る気持ちを持てるようになっていたし、なるようになるしかない、というふうにも思えるようになっていました(神さまと宇宙と神である自分への信頼があったので)。

そして、実際に欝発症から今はちょうど丸2年ですが、若干の波はありましたが、経済的にも、時間的にも、精神的にも余裕ができました。

ウツ以前よりもずっと幸せで安心して生きています。

その幸せと安心感は何によって持たらされたかというと、
欝病を引き金とした、メンターさんやスピリチュアルとの出会いであり、
それは、神のシナリオであったと思っています。

僕が何かを起こしたわけではなく、それは起こったのです。

ですので、最初の質問
↓
やはり、今のように人生が好転したのはスピリチュアルの影響が基盤になっておられますか?

の回答は

イエス

となります。



では、コメントの最後の部分についてですが
↓
私も鬱になりスピリチュアルに傾倒しましたが、一向に人生が良くならず、もう、スピリチュアルなんかにうつつを抜かすのを止めようかと最近悩んでおります。


その気持ち、よくわかります。

僕も欝中に、救われたくてスピリチュアルに傾倒しましたが、結果としてはスピリチュアルに救われるのですが、渦中にある時は、本を読んでなんとなく気分がよくなっても、本を閉じれば、めまいはするし、現実的に何かが前進しているわけではないので、こんなことをしても意味がないのではないか? とか、スピリチュアルにばかり頼っていても欝は治らないではないか! とか、あるいは、そもそもスピリチュアル本なんて全部ウソなんじゃないだろうか? みたい疑念が何度も頭をよぎりました。

また、スピリチュアルに傾倒していっている自分、目覚めとか、悟りとかを求めている自分はただ、現実から逃げているだけじゃないか? とも思ったし、
こんな本ばかり読んで、しかもその内容を全面的に信じている僕は、もしかして本当に頭がおかしくなってしまっているのではないだろうか? という恐怖に包まれる時もありました。

また、欝が治った後にも、スピ本は読み続けていたし、瞑想伝授を受けたり、やまがみてるおさん、阿部敏郎さん、雲黒斎さん、ボブ・フィックスさんのセミナーに参加したりしてましたが、その間はスピリチュアル激ハマリ状態だったので、仕事もロクにせず、毎日、本を読んで、瞑想して、菜園の世話をして、ランニングをしていました。
(↑コレ、俺が奥さんだったらキレてますね(滝汗))

その結果、貯金が底をつき、いよいよ経済的にヤバくなり、スピリチュアルにかぶれすぎて、地に足がついてないんじゃないか? みたいな不安がありました。

結果からいうと、僕は去年の夏に、
豊かさを心から信じれば、豊かさは引き寄せられる… とか
この世は幻、私もあなたも本当は存在しない… とか
現在も過去もない、あるのは〝いまここ〟だけ! とか… 
ワンネスだよ! とか
スピリチュアルではいってるか知らんけど、
これヤバくね!?ヽ(・д・!i!i)ノヤベェェベ
現実的に、僕には守るべき家族がいるし、瞑想してても空からお金は降ってこない以上
がんばって稼ぐしかない!

と、スピリチュアルモードから、リアルワールドモードに切り替えて、必死で働きました。

僕は、この時のこの判断は間違ってなかったと思います。

というか、失敗も成功も含めて、僕の判断にも、あなたの判断にも、間違いは1ミリもないのです。

その時、一番必要なことが、ただ起きているのです。

必要に迫られたとはいえ、この時に僕が、働こう! と思ったということが
宇宙からのメッセージであり、シナリオなのです。

それが、その後、成功したとしても、失敗したとしても… です。


僕の場合は、この夏のがむしゃら仕事モードのおかげでビジネスが軌道に乗り始め、なんとか息を吹き返すことができました。
(と、かっこつけていますが、収入には波があり、実際には綱渡り状態であることを告白しておきます(汗))

もう、一度もんじ様のコメントに戻ると
↓
私も鬱になりスピリチュアルに傾倒しましたが、一向に人生が良くならず、もう、スピリチュアルなんかにうつつを抜かすのを止めようかと最近悩んでおります。


僕も同じように悩みました。

でも、スピリチュアルに傾倒したことで、うつ病が治りました。

しかし、今度は逆にスピリチュアルに傾倒し過ぎたことで、収入が止まりました。

そこで、スピリチュアルに傾きすぎた振り子を少し現実世界に戻し、
現実世界で実際に動いたことで(働いたことで)
お金という現実的なモノを得ることができました。
(仕事モードの時でも、スピリチュアルを完全に封印していたわけではありません。仕事の合間に、スピ本も時々読んでました)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※引き寄せの法則についてちょっといいたいこと

スピリチュアル… というよりも、自己啓発系の本の中には「引き寄せの法則」という一大ジャンルがあります。僕も一時期かなりたくさんの本を読みました(主に欝病以前の話しですが)。

豊かさを心から信じたり、アファメーションすることで、物理的にもお金などの豊かさなを得ることができる… という法則です。

これは、確かにそういうこともあるのですが、正確には、それが実現するのは、潜在意識で(心の奥底から)信じていることが成就する… という法則なんです。

なので、「私は金持ち!」と100回唱えたとしても、心の底(潜在意識)で、「そんなん無理!」と思っていたり、〝貧乏は嫌だ…〟みたいなことを思っていた場合には、そんなん無理になって、イヤな貧乏生活が引き寄せられる… という仕組みなんです。

なので、一番確実なのは、現実に行動することです。

必死で働いていたら、きっと稼げる…という思いが信念とか確信に変ってきます。

そんな風に思いと行動が一致した時に、引き寄せの法則は発動しやすくなるのだと思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


私に特殊な能力でもあれば、何かもっと具体的なアドバイスができるのですが、僕にはそんなものはありません。

ただ、人は神です。

僕も、もんじさんも神です(もちろんこのブログを読んでくれている〝あなた〟も)。

と、同時に肉体を持つ人間である以上は、それを維持するための衣食住が必要であり、当然のことながら、それを得るための欲とか不安というエゴをもっています。

エゴの正体って、いろんな言い方がありますが、
基本的には
恐れ
だと思います。

そして、その恐れは、どこから来ているかというと
神との分離感
です。

死別で落ち込むのも
失恋で傷つくのも
人に攻撃するのも
人をうらやむのも
自分に自信過剰になるのも
自分を卑下するのも
その根っこにあるのは
神との分離感です。

でも、本当は、僕も〝あなた〟も
一瞬として、神から離れた瞬間なんてないのです。

なぜなら
〝私(あなた)〟は神なのです。

そして神は愛であり光です。
神に恐怖や不安はありません。


もし、あなたが今、恐怖や不安を感じいるのであれば、それは神である本当のあなた(真我)ではなく、あなたの中のエゴが恐れを感じているのです。

そんな時は、あなたが本当は神であることを思い出してください。

そして、恐れを感じている自分(エゴ)を許してあげてください。

何も心配しなくていいのです。

傷つくのも、心配するのも、不安になるのも、それすらも神のシナリオなのです。

今、問題を抱えているとしても、悩みを抱えているとしても
それは、やっぱり
今、あなたにとって一番必要なことが最適なタイミングで起きているのです。


人生には、善きことも、そうでないことも起こります。

2つの道のどちらに進むべきか選択に迷う時もあります。

選択肢すらなく、全くどこに進めばわからない時もあります。

そんな時、どうすればいいのか?


そんな時は、あなたの中の神に聞いてください。

あるいは、神である〝わたし〟なら、どうするだろう?
と問いかけてみてもいいでしょう。

その時に、スッと素直に最初に浮かんできたことが、神からのアンサーです。

その後、たとえ表面的には失敗したようなことになったとしても、大きな流れでみれば、やっぱりそれが最善手なのです。

全ては、より良くなるための仕組みです。

神に帰るためには、あえて試練の道を進まないといけない時もあるかもしれません。

ただ、その時には、それが試練に思えたとしても、神であるあなたの選択にやっぱり間違いはないのです。


なぜなら…


それはやっぱり…


ベストなことが、ベストなタイミングで起きているからです。
↑
オイラの座右の銘!
くどい…!? (´・ω・`)





最後にあなたに作者不明のあの有名な足あとのお話をお贈りします。


砂の上の足跡


ある晩、男が夢をみていた。

夢の中で彼は、神と並んで浜辺を歩いているのだった。

そして空の向こうには、彼のこれまでの人生が映し出されては消えていった。

どの場面でも、砂の上にはふたりの足跡が残されていた。 ひとつは彼自身のもの、もうひとつは神のものだった。

人生のつい先ほどの場面が目の前から消えていくと、彼はふりかえり、砂の上の足跡を眺めた。

すると彼の人生の道程には、ひとりの足跡しか残っていない場所が、いくつもあるのだった。

しかもそれは、彼の人生の中でも、特につらく、悲しいときに起きているのだった。

すっかり悩んでしまった彼は、神にそのことをたずねてみた。

「神よ、私があなたに従って生きると決めたとき、あなたはずっと私とともに歩いてくださるとおっしゃられた。

しかし、私の人生のもっとも困難なときには、いつもひとりの足跡しか残っていないではありませんか。

私が一番にあなたを必要としたときに、なぜあなたは私を見捨てられたのですか」

神は答えられた。 

「わが子よ。 私の大切な子供よ。 私はあなたを愛している。 私はあなたを見捨てはしない。

あなたの試練と苦しみのときに、ひとりの足跡しか残されていないのは、その時はわたしがあなたを背負って歩いていたのだ」


Author Unknown

作者不詳




★編集後記

必要なことが最適なタイミングで起きる
という座右の銘?は、一応僕のオリジナルです。

といっても、これは本当に真実なので、たぶん多くの覚者も言っていると思うし、僕も何かの本で読んだ内容の可能性が高いです。

ただ、スピ系の本を読むと、すごく目からウロコ落ち! みたいな、電流が流れるような
素晴らしい一文、宇宙の真理に出会うことがあるのですが、その時は興奮して読んでいても、後になったら覚えていない… ということもありがちです。

今の僕にとっては、とにかく、この
ベストなことがベストなタイミングで起きる
という一文がすごく自分にフィットしていて、
この一文だけで、全て解決、オールOK!
というふうに生きることができます。

どのみち、いいことも、そうでないことも
起きるんです。

いいことはウェルカムだけど、よくないことが起きれば
僕たちは、たいてい、狼狽したり、怒ったり、傷ついたりしますが
この〝全てがベスト〟理論を信じていると、何が起きても平気なんです。

いいことがあれば
ラッキー
だし

よくないことであっても
この現象は宇宙が僕に何を教えようとしてくれているのだろう?
どんな気づきを得るのかな?

みたいに、全部オッケーになっていくのです。

それに、不思議なんです。

そう思っているからかどうかはわからないけど、
現実問題として、いいことしか起こらなくなってきます。

まあ、もしかしたら、ホントは最悪なのに、僕の感覚がマヒしてきていて
超ポジティブ野郎になっているだけかもしれませんが…(汗)
あるいはマゾヒストか!(滝汗)

いや、でもほんと最近、辛いこととか
思い煩うということが本当にないです。
(厳密に言うと、一瞬、頭を抱えてしまう… というような現象とか、状況は時々あります。でも引きずらないし、すぐに解決できます)


今日も長文になってしまいましたが、アップしたあとに、一応誤字脱字をチェックしようと読み直していた時に、
はっ!!!! 
と気づいたことがありました。

欝という、どん底の時に
メンターさんや、スピリチュアル系の本との出会いがあって、
やっぱり一番しんどい時に、そういう救世主みたいな人に会う…
という、いつでもどこでもベスト理論を書いてましたが、
灯台下は暗い… 
と、いいますか、一番大切な人のことをすっかり忘れていました…

そう… 
奧さんです。

奥さんとは、もう結婚して12年で、欝の時にピンポイントで現れたわけではなかったし、いつもそばにいるのが当り前だったので、あまり意識していなかったのですが、そもそも、この人と結婚したことが、最大のラッキーだったし、神のシナリオだったんだな… ということがわかりました(この奥さんでなければ、家族崩壊… してたと思います)。

もちろん、欝当時も、その後も、感謝はしていたけど、僕の感謝は全然足りない…

あれだけ迷走していた僕を、一番間近で支えてくれた人です。

感謝の気持ちを一生忘れず、これからの人生でいっぱい返していきたいと思います。
 ↑
 ↑
 ↑
( 理想と現実のギャップは厳しく、
  お調子モノでいいかげんな僕は、
  奥さんからダメ出しと説教の嵐…
  それが、僕の日常… です。Σ(´∀`||;)…(滝汗))


★おすすめの本

もうすぐ、読み終わりそうですが、
尻上がりに内容が深くなってきます。
いい本に出会えました。
アマゾンレビューの評価が高いのがわかります。
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2015年4月9日木曜日

人生における究極の選択、そしてパニック障害を克服する方法。

人生における究極の選択、そしてパニック障害を克服する方法。


昨日の記事(ふわふわ)にコメントをいただきました。

コメント欄から直接返信しようと書いていたのですが、コメント欄に投稿するには長すぎる内容になってしまったので、記事として投稿することにしました。

コメントを下さったなつみさんに向けて書いた返信ですが、あなたにも何かの参考になれば幸いです。

以下、なつみさんへの返信


なつみさん… 久しぶりの投稿に、下記コメントありがとうございました。

あゆむさん初めまして。
久しぶりのブログ更新とても嬉しいです。



詳しい診断は聞かされていないのですが、私もパニック障害の様な感じで現在数ヶ月通院しています。


寝ても覚めても恐怖を感じる中であゆむさんのブログにたどり着き、優しい言葉のひとつひとつにたくさんの安心と勇気をもらいました。本当にありがとうございます。



お仕事お忙しいと思いますが、またブログが更新されることを楽しみに待ってます。

こんなことを言われると
↓
久しぶりのブログ更新とても嬉しいです。
優しい言葉のひとつひとつにたくさんの安心と勇気をもらいました。

僕も本当に嬉しいです。
もうちょっとマメに更新していこう! という原動力になります。

パニック障害のような感じ… たいへんですね。

その辛さ、しんどさ、本当によくわかります。

ですが、きっとなつみさんには、いま善きことが起こっているのだと思います。

今の社会にストレスが多いのは事実だし、そういう中で

真面目な人
優しい人
頑張り屋さんな人

そういった人たちは、欝とかパニック障害とかに
なりやすいと思います。

この世は素晴らしい世界なのですが、同時に実際には強烈な競争社会でもあり、自然災害や経済問題など、未来を心配せざるを得ないような面があるのも事実です。

そんな世の中で上手く立ち回っていくために、人は自己啓発やスキルアップに取り組みます。

あるいは宗教に救いを求めます。

僕もそうでした。

そういったことで、一時的には問題を乗り越えたり、救われたりもしますが、根っ子にある
不安、心配、恐怖を完全に消すことは不可能です。

最終的には神(真我)に帰るしか、根本的に問題を解決することはできないのです。

だから、現在のスピリチュアルブームがあるのだと思います。

ただスピリチュアルは結構なことですが、そこにも危険性があります。

エゴはどこまでも巧妙なんです。

例えばAさんのエゴは…
この競争社会で出世して、金を儲けて、人の上にたちたい… 
というエゴがあります。

程度の差はあれ、誰もが人に認められたいし、そのためには処世術にも長けていきます。

ただ、心の優しい人とか、処世術な苦手な人も世の中にはたくさんいます。

いろいろと我慢して、それでも人として正直に生きていこうとしている人がいます。

こういう人は、自分がパンパンになるまで、我慢してがんばります。

でもそれが限界に達した時に、欝とかパニック障害を発症するのです。

これはもう、身体からの、そして心からのSOSサインということです。


そして、そういう状態になってはじめて、人は精神世界に興味をもったり、救いを求めたりするようになります(ここからが真我探求のスタート)。

だから、パニック障害とか、そういう状況になるのはしんどいことだけど、長い人生でみたら、
あるいは、死後も含めた永遠という魂のスパンで考えたら、
本当の自分に帰るチャンスがやっとやってきた… ともいえます。

あなたの準備が整ったから、それがやってきたのです。
(つまり… 神の恩寵のはじまり です!)

順風満帆でビジネスをバリバリにやっているビジネスマンとかであれば
「7つの習慣」は読むことがあっても



「ニューアース」を手にとる可能性は限りなくゼロに近いと思います。
(7つの習慣も良書です。僕は三回以上呼んでます…)



しかし、そういうビジネスバリバリの人もかならず、どこかで壁にぶち当ります。

昨日までの最先端企業が明日には倒産… ということは毎日のように世界で起きています。

成功していて、お金はあっても、家族の心はバラバラ… とか、
有名人だけどクスリに溺れる… とか、

それに自分や家族の怪我、病気、死… などはコントロールすることができません。

エゴと一体化して生きている限り、必ずどこかの段階で
恐怖や不安や悲しみに直面することになります。


でも、僕はそうなってしまうことが悲劇だとは思いません。
人は誰でも神です。
ただ、自分が神であるということを忘れてしまっています。
自分ではどうしようもない問題に直面したということは
自分が神であることを思い出すためのイベントなのです。

しかも、そのシナリオは神であるあなたが書いたものなのです。
(たとえ困難なシナリオであっても)



なので、欝もパニック障害も恩寵のはじまりなんですが
スピリチュアルの扉を開くとそこには

悟り…
とか
覚醒… 
とか
アセンション…
とか
チャネリング…
とか
ハイヤーセルフ…
とか
チャクラの開発…

的なフレーズがたくさんあります。

そういった本を読んだり、セミナーに参加しはじめると

私も悟りたい! 次元上昇したい!

的な願いとか、欲みたいなものが出てきます。

Aさんのエゴは人を出し抜いてでも、富と地位を築く… というエゴでしたが、
Bさんのエゴは、スピチュアルエゴで、奇跡体験や精神性の高さの獲得を求めるエゴです。

Bさんには、エゴにまみれた世の中は悪で、スピリチュアルな私は善だ!

的なモノサシができてきます。

もっと清らかになるために… と
あるいは奇跡体験を求めて
超常現象や覚醒体験を求めて
パワースポットめぐりをはじめたり
高額なセミナーに参加したり…

でも、これって、処世術で世の中の上に立つ! というエゴが
悟りを開いて、精神的に優位に立つ! というエゴにすり替わっただけ… という。

しかも、金儲けに走るエゴは、実は心の底では、ゼニカネだけに走っている自分は間違っているかも… という心配がどこかにあったりしますが、

スピリチュアルに走ってしまった場合、絶対に自分は正しい(世の中が間違っている)と思っているので、自分を省みるということがありません。

これってヤバイです。

頼まれてもいないのに、人にスピリチュアルなアドバイスをしたり… 
迷惑な人になっていることに自覚がありません。


僕もひたすら〝悟りたい…〟と思っていた時期がありました。
目覚めたかも! という勘違いをしていた時期もありました…
(そんなテイストの過去記事があります…(滝汗))
ただ、元来が小心者で控えめな性格? だったために、途中で安全弁が働いて、
振り子がスピリチュアルに振り切れてヤバイ世界に突入…
ということにはなりませんでした。

〝バランス感覚〟 
 という言葉が好きな僕ですから…
 (๑• ̀д•́ )✧+°ドヤッ


今はあまり何も考えてません。

昨日書きましたが、ふわふわ… な世界で生きています。

同時に、毎日働いて、本を呼んで、子どもと遊んで
友達と飲んで、時々ランニングをして…
gleeのDVDを見て、モンハンをして、ネットサーフィンをして…
リアルな世界で
自分に出来ることを、あまり肩肘をはらずにがんばっています。

※注
なつみさんへの返信のつもりが、書いているうちにいつもの万人に向けた記事執筆のような感じになってきました… なつみさんごめんなさい…(^_^;)

とにかく言いたいのは
パニック障害とか、欝とか、本当にたいへんだけど
必ず治ります。

僕は医者でもないし、長年そういった症状が改善せずに苦しんでいる人がいることも知っています。

友人・知人で今現在も
欝とかパニック障害をもっている人もいます。

なので、欝は治るよ! とか簡単に気軽には言えないし、当人には深刻な問題なので、伝え方って難しいし、実際には何も言えないです。

ただ、その人に寄り添って、話しを聞くだけです。

本質に帰る、真我に帰るということは、あくまで自発的なことであって、第三者がそれを無理強いすることはできません。

でも、誰もがそういう究極の選択の時をいつか迎えます。

偽物の自分
エゴのままで生きるか
それとも
本当の自分
神として生きるか

という選択です。


神としてこの世に生まれた僕たちですが(赤ちゃんの純粋無垢さを見ればわかる)
残念なことに、僕たちを育ててくれた親は、もちろん愛情深く育ててはくれるんですが、
悲しいかな、親も厳しい社会の中で育ってきたので、やっぱりエゴで生きているんです。
学校の先生も会社の上司もエゴで生きているんです。(神として生きている人、あるいはそれに近い人… という人ももちろんいます)

でも神である自分が計画したシナリオによって
人生のどこかの段階で
何かが違う…
と立ち止まり
宇宙の真実を知り
本当の自分、神へと帰ります。


悟り… というとどうしても崇高すぎる… というか、
自分なんかに… という面があると思います。

以前、書きましたが、実は悟りよりももっとすごい
神人合一(しんじんごういつ)
という世界があるのですが、
僕には、そっちのほうがしっくりきます。

それは決して難しいことでなくて、
僕も神だし、あなたも神です。
そして、神なんだから、神として生きよう!
という選択であり態度です。

別に聖人君子になる必要もなくて、
ただ、神として宇宙を信頼して安心して生きていけばいいんです。

これは誰にもで出来ることです。


ただ魂と同時に肉体を持つ人間には
神にもなれれば、悪魔にもなれる… というのも事実です。

神に帰らずに、エゴのまま死を迎える人がいるのも事実です。

神として生きるか?
or
人して生きるか?

言い換えれば

真我の自分で生きるか?
or
エゴの自分で生きるか?

真我コースとエゴコース…
どちらを選択するかは私たちの自由です。



ただ、僕はあなたには絶対に
真我コース
をおすすめします。( ・`ω・´)キリッ


エゴコースには、一時的な快楽や、成功、勝利、利益
などもありますが、きわめて危うい砂上の楼閣です。

そして、それらの利益を得るためには、きつい山坂を登り続けなければなりません。

また、心配や不安が尽きることはありません。

元気なうちはいいですが、破産したり、病気になったり…
死が近づくほどに恐怖は増幅します。


真我コースでは…
もう、不安も恐怖もありません。
自分が神であることを知っています。
宇宙を信頼しきっています。
だから、不安も恐怖も世界に存在しません。

人生は川下りのようなもので、神の宇宙の流れにのって
安心して、ゆうゆうと生きることができます。

もちろん川下りの途中には激流もあるかもしれません、
人生においては、身内の病や死など避けれないこともあるからです。

でも、それによって、振り回されることはありません。

なぜなら人生も宇宙も
必要なことが最適なタイミングで起こっていることを知っているからです。

自分の〝死〟すらもです。


なので、自分の生き死にすら思い悩むことはありません。

他人の評価や目も、もう興味がありません。

どこまでも自分を大切に(もちろん人も大切に)
自由にあるがままに生きていいんです。

宇宙を信頼し、神を信頼し、
神として、日々感謝しながら、楽しんで生きていくことができるのです。




最後に再び、なつみさん、そしてパニック障害に悩む人に
パニック障害を乗り越えるための具体的なテクニック
をお伝えします。

パニック障害の根っ子にあるものって

死の恐怖

だと、僕は思っています。


僕が最初にパニック障害を発症したのは
30歳ぐらいの時で
それは山形へ向う小型プロベラ飛行機の中で起こりました。

それまでにも
海外には行ったことがあり、飛行機といえば
お酒を飲みながら映画を見て
窓際であれば、雲の上の世界を見て
めっちゃ楽しいやん!
って、僕は思ってました。

そんな僕ですが、山形へ向う時に、突然パニックになったのです。

すごく小さなプロベラの飛行機で乗る前からちょっと不安な気持ちがありました。

こんな飛行機でした…
↓
小型プロペラ飛行機パニック障害













そして、席について、いよいよ離陸… という直前に
急に不安がピークに達して
心臓がバクバクして
呼吸が止まりそうになって
目の前にいたキャビンアテンダントさんに大声で
「飛行機とめて〜! 降ろしてください!」
と叫びそうになりました(もちろん実際には声に出さなかったが…)

そして、飛行機が飛び立ってからも、脂汗が吹き出して、
めまいで気を失いそうでした…

ただ、30分ぐらい過ぎたら、徐々に気持ちが落ち着いて、パニック状態は終わりました。

帰りの飛行機も心配だな…

と思っていたのですが、帰りはパニックにはなりませんでした。

今日、思い出したのですが、僕は実は以前にも同じタイプの小型プロペラ飛行機に載ったことがありました。

その時からさらに2年ぐらい前に奄美大島に行くときに、小型プロベラ飛行機に乗ったのです。

ただ、その時は台風が近づいている時で、今日はフライトできないかも… みたい案内があって、空港で何時間も待たされました。

そして、何時間が遅れて、結局フライトできたのですが、天候が荒れていたので、
飛行機がめちゃくちゃ揺れたのです…
窓から見えるプロペラのついた飛行機の羽がぐわんぐわんと今にも折れるんじゃないか!?
と思えるぐらいでした。
死ぬかも… と恐怖を覚えました。

僕が山形行きの出発前にパニックになったのは、きっとその時の恐怖・トラウマが、同型の飛行機の羽とプロペラを見たことによって、パニックのスイッチがオンになったのだと思います。

落ちたら死ぬ… という死への恐怖
それがパニック障害の根っ子だったと…


この30歳で人生初のパニック障害を発症してから、僕はその後の人生はちょっと困ったことが時々起こるようになりました。

その後…

ジャンボジェットに乗る時でも出発前と飛行機の中でパニックになった…

ウランバートルの喧騒の中で、パニックになった…

観覧車の中でパニックになった…

事故の影響で閉じ込められた電車の中でパニックになった…

ただ、この時は、普段の生活は元気そのもので、特定のシチュエーションでランダムに起きるパニック障害でした。

でも、一年半前のうつ状態の時には
普通の電車の中でパニック障害
電車に乗る前にパニック障害
電車に乗れずに駅のホームで1時間…パニック状態、結局電車には乗れず…
クルマの運転中にパニック障害…

と、かなりひどい状況にまでなりました。

シチュエーションはいろいろありますが、症状はいつもほとんど同じです。

心臓がドキドキして
頭がぐらぐらめまいがして
吐き気がして
呼吸が困難になります

そして、いつも
やばい… このまま死んでしまうかも…
と思って、さらにパニックになります。

心臓が止まるかも? 息が止まるかも?

って、本当にそんな気がするのです。
まさにパニックです。



前置きが長くなったけど、
じゃあどうやってパニック障害に対処したらいいのか?

それは
・
・
・
・
・

死んでもいい
(*・∀-)b

と思うことです。


死ぬかもしれない! という不安・恐怖が
さらなるパニックを生みます。
死の恐怖こそが、パニック障害の原因であり
一番の根っ子なのです。

なので、それに対処するには

死んでも構わん!
(*・∀-)b
と
開き直ることが一番の対処方法なのです。


宇宙を信頼している僕ですが、欝が治った後でも、
乗り物に乗る時は、当初はやっぱり緊張しました。
そして、電車内でパニック障害がはじまるあのイヤな感覚が湧いてきた時もありました。

でも、その時には、
僕は神として生きると決めていたので
僕は死を恐れないようになってました。

僕の役目がこの世にあるあいだは死なないだろうと
死にたくても死ねないだろうと…

役目を終えた時に死ぬんだろうと…
その時には生きたくても死ぬんだろうと…

そう思っていたので、

「いやいや… 今、この電車の中で役目を終えるってことはないやろう!」
(ノ´∀`*)イヤイヤ

と心の中で軽くツッコミながら
今、死ぬわけがない!
てか、
100歩ゆずって、今が死に時だとしたら、
それが僕の決められたシナリオであるなら
別に
死んでも構わん!
(*・∀-)b

と心の中で思いました。

するとパニックになりかけていたココロは急速に落ち着いて何事もなく無事に目的地につきました。

これは、効果てきめんだと思いますので、ぜひお試しください。


でもね、本当に大丈夫ですよ! パニック障害を発症すると
死ぬかもしれない! とパニックになりますが
パニック障害で本当に死んだ話って聞いたことありません!

あとは、今現在の僕は、もうパニック障害は全く発症しません。
(パニック障害は完治するということです)
(もし再発したらゴメンなさい…(´・人・`))



そして僕は本心から、
死ぬ時は死ぬ時、
いつ死んでもかまわない

って思ってます。

でも、まだまだ死なないだろうな… とも同時に思っています。

まだ子どももちいちゃいし、奥さんといろんなとこに行きたいし、
もっと世界を見て、いろんな人と出会って…
だから元気に長生きしたい! とも思っています。

ただ、起こるべきことが
起こるべき時に起きるのが人生です。
(死も含めて)
でも、受け身だけじゃなくて
自分で何かを起こすことができるのも人生です。
(ここ大事!)

真我コースを選んで
宇宙を信頼して、
神である自分を信頼して
自分がやりたいことをやって
自分が生きたいように生きて
HAPPYに生きていきましょう!

あゆむ 拝
(・∀・)




■
編集後期

今日は記事を更新するつもりは全くなかったんだけど、
事務所について、メールを開いたら、なつみさんからのコメントが目に入って
コメント欄からサラッと返信しようと書きはじめたのですが、
途中でこれ長すぎない!?
と思って、記事として書くことにしました。

あくまでなつみさんにあてて書いていたのですが、記事投稿欄で書いていると
いつのまにか、いつもの記事更新モードになってしまって
話しが膨らんでしまいました…

でも、パニック障害にしても、鬱病にしても
僕はメンタルクリニックにも通ったし、クスリも飲んだけど
全然治らなかった(睡眠薬だけは役だった)。

でも、神として生きよう!
と選択してからは
物事は本当に早かった。
急速に欝は治まり、パニック障害にもならなくなった。

なので、やっぱり僕としては、
根本的に乗り越えるためには
神として生きる
真我に帰る
って、ことを選択するしかないと思う。

悟りを開きなさい…
と言われると、難しい気がするけど、
神として生きる
真我に帰る
ってことは、別に難しいことではなくて、

つまりは宇宙と、神である自分を信頼する

というだけのことです。

そして、神として生きることを選択しても
その後、やっぱりいろいろあります。

ショックを受けたり、傷ついたり… 心配をしたり…
とかもあります。

そりゃそうですって!
人間だもの!w

私は悟りました…
宇宙は私の思いのままであり、
もう苦悩は一切ありません…

という人間は、僕は少し信用できないです。

身内の死は悲しめばいいし(悲しいにきまっている)
面と向かって「お前のことが大嫌い! 死ね!」
と言われてニコニコするのは嘘だと思う。

喜怒哀楽や感情は神が与えてくれたものであり
それコミで、僕らは神なんです。

無理なく、自然に、感謝して生きていくだけでいいと思う。
ふわふわと… あるがままにね!


PS
神として生きても
いろんなことは起きる…
と書いたし、実際にそうだと思います。

でも、でもです!
実際には、ほとんどいいことしか起こらないようになる… 
というのが僕の実感です。

実際に、神として生きることを選択して
1年と少したちましたが、
そう選択してから
僕には一度もイヤな事は起きていません。

一つもです。

逆に

嬉しいな、ありがたいないな、ラッキーだな!
とうことは、たくさん起きています。

心配はほとんどないし
イヤな人とも合わないし
逆に好きな人、会いたい人にだけ会えます。

ストレスもないし、無理というものがありません。

ということで、やっぱり
真我コースをオススメします。
(・∀・)


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