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2025年12月5日金曜日

僕は、自分が求めたものを受け取って生きている。|奇跡のコース(ACIM)Lesson 339



朝の空気が、ほんの少しだけ澄んでいる気がした。

カーテン越しの光を眺めながら、ふと心の中に落ちてきた言葉がある。

「僕は、自分が求めたものを受け取って生きている。」

もちろん、痛みを望んだことなんてない。
苦しみや不安を求めた覚えもない。
なのに、なぜか人生のある場面では、そんな出来事ばかり選んでしまっていた時期がある。

Lesson 339 は、その“ねじれ”を静かにほどいてくれるレッスンだ。


■ 今日の一節から受け取ったもの

原文はこう語りかけてくる。

人は痛みを望まない。
でも「痛みが自分らしい」と誤解してしまうことがある。
誰も幸せを避けたくなんてない。
でも「喜びは危険だ」「失うのが怖い」と思い込んでしまうことはある。

結局のところ、
僕たちは“心の深いところで求めたもの”を受け取っている。

問題はただひとつ。
その“望み方”が、恐れと愛をごちゃ混ぜにしてしまっていることだ。

だから今日のレッスンは僕たちにこう言う。

「本当に望むもの──愛と平和と喜びだけを求めなさい。」
そのために、恐れの声ではなく“内なる声”を聞きなさい、と。


■ Ayumuのリフレクション(僕自身の気づき)

思い返せば僕は、長い間どこかでこう思っていた。
「幸せになったら、いつか奪われるんじゃないか。」
「愛されたら、そのぶん傷つくんじゃないか。」

そんな思い込みが、まるで体の奥に染みついていた。

だから、心のどこかで“恐れのほうが安全”だと勘違いしていた。
ACIMは、その幻想を静かに指差してくれる。

「違うよ。
あなたは愛のほうを選んでいい。」

今日のレッスンは、望みをリセットするタイミングのように感じた。

恐れから離れ、
「僕は愛を望みます」
と、素直に自分に許可を出す日。

そんな一日があってもいい。


■ 今日の祈り(原文をベースに)

父よ、今日はあなたの声だけを聞いて歩みます。
自分ひとりで正しさを判断しようとせず、
ただあなたが与えてくださる愛を受け取れるように。
恐れではなく、愛を求める心で一日を生きられますように。


今日のまとめ

  • 人は本当は痛みを望まないが、誤ってそれを求めてしまうことがある

  • 幸せを怖がってしまう心のクセもある

  • 僕たちは自分が“深いところで望んだもの”を受け取っている

  • だから望みを“愛”に合わせ直すことが大切

  • Lesson 339 は「本当に欲しいものを望む勇気を出そう」というレッスン


編集後記

書き終えて少しだけ深呼吸してみた。
胸の奥が、いつもよりあたたかかった。

僕たちはどうして、愛されることや幸せになることに、こんなにも遠慮深いんだろう。
もっと素直に「受け取ります」と言っていいのに、
どこかで“自分には早い”“似合わない”なんて思ってしまう。

でもね、
遠慮している間にも人生は静かに進んでいく。

だから今日くらいは、
ほんの少しだけ胸を張ってみる。

「僕は、愛を受け取る準備ができています。」

その一言だけで、一日の色が変わる。
あなたの今日が、やわらかな光に包まれますように。

今日も読んでくれてありがとう。

あゆむ 拝

2025年12月4日木曜日

今日、恐れの原因を“外”に置かない。——奇跡のコース(ACIM) Lesson 338 I am affected only by my thoughts.


 

私に影響を及ぼすものは、私の“思い”だけだ。

—— ACIM Lesson 338 — —

朝、静かな時間にこのレッスンを読んでいると、
ひとつのことが胸の奥でふわりとほどけていくのを感じた。

「外側の出来事は、僕を傷つけてはいない。」

そう書くと、まるで悟った人の言葉みたいだけれど、
ぜんぜんそんなことはない。
むしろ僕は、外側の世界に翻弄されてばかりだった。

誰かの態度に怯え、
職場の空気に緊張し、
言葉の影に勝手に傷ついたり。

そのたびに、
「外側が僕を不安にさせるんだ」
そう信じ込んでいた。

でも今日のレッスンは、とても静かな声で言う。

「あなたを怖がらせているのは、外側ではなく、
 あなたの“思い”なんだ。」

まるで、長いあいだ勘違いしていた道を
やっと指でそっと示してもらったような感覚だった。

外の世界は、僕を脅かす敵ではない。
恐れの震源地は、いつも内側の解釈にあった。
その解釈は、僕自身のものだから、
いつでも選びなおすことができる。

そう気づいた瞬間、
胸のどこかで張りつめていた糸が一本、
ふっと緩んだ。


レッスンには、こんな言葉がある。

He has no enemies.
彼には敵がいない。

これは、何かの理想論ではなく、
“心の見方が変わった時に見える世界”のことなのだと思う。

僕たちは、誰かを「敵」に見てしまうとき、
本当はその人を恐れているのではなく、
自分の中の恐れそのものを見ているのだ。

だから、誰かに怯えた朝も、
ニュースにざわつく夜も、
自分を守ろうと固くなる瞬間も。

そこで必要なのは
“世界を変えること”でも
“誰かを動かすこと”でもなく、ただひとつ。

「今、どんな思いを握りしめているのか?」

それだけを静かに見つめること。

見つめたら、そっと選び直すこと。

ACIMはそれを“赦し”と呼び、
“奇跡”が始まる場所だと言う。


今日、僕が心に留めておきたい言葉は一つだけ。

「別の見方を選びます。」

誰かを恐れそうになったら。
未来に不安が走ったら。
過去の後悔が心を曇らせたら。

そのたびに、
この一言をそっと、胸の内側に置いておこう。

恐れの思いは、僕を守ってくれない。
ただ世界を暗く見せるだけだ。

でも、愛の思いは違う。
世界を静かに照らし返し、
“安全である”という本来の感覚を思い出させてくれる。

外側の何かではなく、
僕の思いが、僕の世界をつくっている。

今日、そのことを丁寧に思い出しながら過ごしてみたい。


編集後記

今日は、この記事を書きながら何度も深呼吸をした。
というのも、僕自身、ここ最近ちょっと背中に力が入りすぎていたからだ。

「また何か起きたらどうしよう」
「うまくできなかったら困る」
「誰かに迷惑をかけないようにしないと」

そんな思いが胸の奥で静かに渦巻いていて、
気づけば体も心も固くなっていた。

でも、Lesson 338 を読み返すたびに、
その緊張がじわっと溶けていくのを感じた。

“ああ、外じゃないんだよな。
僕が怖がっている“思い”のほうなんだよな。”

それに気づくと、少し笑えてくる。
「なんだ、また同じパターンやってたな」って。

でも、その“気づき”そのものが、戻ってくる道になる。
ACIMはいつもそこで僕を救う。

もし今日、あなたの心にも小さな不安や緊張があったら、
どうか無理に追い払わなくていい。
ただ、その思いに気づいてあげて、
そっと優しく言ってみてほしい。

「別の見方を選びます。」

たったそれだけで、心は方向を変えはじめる。
今日のあなたが少しでも軽くなりますように。

今日も読んでくれてありがとう。
あゆむ 拝

2025年12月3日水曜日

無罪性という名の、静かな盾。|奇跡のコース(ACIM)Lesson 337

朝の空気がまだひんやりしているうちに、今日のレッスンを開いた。

Lesson 337 ――「僕の無罪性は、僕をあらゆる害から守ってくれる。」
その一文は、胸の奥に静かで温かい灯りをともすようだった。

“無罪性”という言葉は、どこか神学的に聞こえるけれど、今日の僕にはとても個人的な響きを持って届いた。
長いあいだ、僕は「自分には欠けているところがある」と思い込んでいた。
その思い込みが、世界を少し怖くしたり、人の言葉を強く感じさせたり、不安を呼び込んでいたのかもしれない。

でもレッスンは言う。
僕は本質的に傷つけられない存在なのだ、と。
神はすでにすべてを整えていて、僕はただ“自分の本質”を受け入れればいいのだ、と。

「I need do nothing.」
自分で何かをしなくてもいい。
この一文は、肩に入りすぎていた力をふっと抜いてくれる。
ずっと守ろうとしていた“弱い僕”は、そもそも幻想だったのかもしれない。

今日、僕がするべきことはひとつだけ。
“守られていない自分”という勘違いをそっと手放し、
“完全に愛されている自分”を静かに受け入れること。

すると、世界の輪郭が柔らかく見え始める。
人の言葉も、出来事も、未来の選択も、僕を傷つける力を持っていないと分かってくる。

心の奥に、小さな光が灯る。
その光はゆっくりとこう語りかけてくる。

「あなたは安全だ。
あなたは愛だ。」

今日は、その声に静かに耳を澄ませて過ごしたい。


編集後記

Lesson 337 は、とても優しいレッスンだった。
読んでいるうちに、胸の奥の固い部分がゆっくり溶けていくのを感じた。
世界は僕を傷つける力を持っていない――
この感覚が、今日一日の呼吸をずいぶん軽くしてくれた。

また明日も、静けさの中でレッスンを開こうと思う。


今日も読んでくれてありがとう。
あゆむ 拝

2025年12月1日月曜日

兄弟の罪のなさを選ぶとき、心は静けさを思い出す。ACIM Lesson 335

ACIM(奇跡のコース)今日のレッスン

Lesson 335
“I choose to see my brother’s sinlessness.”
「私は、兄弟の“罪のなさ”を見ることを選びます。」

赦しは、気分でも偶然でもなく、「選択」だと、コースは言います。

誰かのことを「嫌な人」「怖い人」「攻撃してくる人」と見るとき、
私たちは外側の“事実”に反応しているように見えて、
本当は、自分の心が選び取った“見方”に反応しているだけなのだと。

コースは、こう言います。

「私は決して兄弟をありのままに見ることはない。
 それは知覚をはるかに超えているからだ。」

私が相手の中に見るものは、
その人の「真の姿」ではなく、
「私が真実であってほしいと望んだイメージ」です。

たとえば、
・いつも怒っている上司
・わかってくれない家族
・理不尽なクレームをするお客さん

私たちは、その人そのものではなく、
自分の中の「怖れ」や「被害者意識」や「恨み」を
その人の上に投影して見ています。

レッスンはこう言います。

「私は、自分が見たいと望むものを見るように選ぶ。
 そして私はそれを見る。それだけを見る。」

この一文は、とても静かで、そして、とても鋭い言葉です。

私たちはいつも、
「外側の出来事がこうだから、私はこう感じる」と思っていますが、
コースは、ゆっくり首を横に振りながら、
「違うんだよ」と耳元でささやいてきます。

「あなたは外側ではなく、
 あなた自身の“解釈”に反応しているだけなんだよ。」

では、「兄弟の罪のなさを見る」とはどういうことでしょうか。

それは、その人の行動を正当化したり、
自分を犠牲にして笑って許す、ということではありません。

そうではなくて、

「この人の本質(スピリット)は、
 私と同じように、もともと傷ついておらず、
 罪もなく、愛そのものとして創られている。」

その視点に、心をそっと戻していく選択です。

表面的には、きつい言葉を使ってくるかもしれない。
怖い態度で近づいてくるかもしれない。
理不尽な要求をしてくるかもしれない。

それでも、
「この人のいちばん深いところには、
 私と同じ“光”がある」という見方に立ち返ること。

それが「兄弟の罪のなさを見る」ということです。

レッスンは、さらにこう続きます。

「兄弟の罪のなさは、
 私が自分自身の罪のなさを見たいのだということを示している。」

私たちが他者の中に見るものは、
実は、そのまま「自分への見方」でもあります。

誰かの中に罪や欠点ばかりを見ているとき、
自分の中にも、同じように
「ダメな私」「価値のない私」「攻撃されるべき私」
というイメージを握りしめています。

そして、誰かの中に
「本当はこの人も、怖れからこうしているだけなんだな」
「本質は責められるべき存在ではなく、愛そのものなんだな」
と見られたとき、
その瞬間、少しだけ、自分自身への視線も変わります。

「もしかして、私も、
 そんなに責められる必要はなかったのかもしれない。」

レッスンは、最後にこう言います。

「兄弟の聖性は、彼が私とひとつとして、
 私と同じように創造された存在だと私に思い出させる。
 彼の中に私は真の自己を見出し、
 その子の中に私は神を思い出す。」

私たちのエゴは、いつも分離を見ています。
「私はここ、あの人はあっち。」
「私は被害者で、あの人は加害者。」

でも、深いところでは、
私たちはみな、同じひとつの命から生まれてきました。

兄弟の罪のなさを見るとき、
私たちは、本当はみんな
同じ“故郷”からやってきた旅人なのだと
静かに思い出します。

今日、誰かの中に「罪」を見そうになったら、
そっと心の中でこうつぶやいてみてもいいかもしれません。

「私は、あなたの本当の姿を見たい。
 エゴの仮面ではなく、
 愛として創られた、あなたと私の“本質”を。」

その小さな選択が、
自分の心を少しずつ、静けさのほうへと戻してくれます。

世界を変えようとするのではなく、
“見え方”のほうを、優しく選び直す。

それが、今日のレッスン
「I choose to see my brother’s sinlessness.
 私は、兄弟の“罪のなさ”を見ることを選びます。」
の招いている旅です。

―――――――――――――――――
編集後記
―――――――――――――――――

このレッスンを書きながら、
「怖い存在」に見えてしまう人たちの顔が、
何人か頭に浮かびました。

彼らのことを“危険物”のように扱っているとき、
心の奥では、同じくらい強く、
「自分自身も危険だ」と信じているのかもしれません。

兄弟の罪のなさを見る、という選択は、
自分の罪のなさを少しずつ受け入れていく、
とても静かなセルフヒーリングでもあります。

うまくできない日があっても大丈夫です。
ただ、「あ、今私は“罪ありバージョン”で見てたな」と気づけたら、
それだけでもう、少しだけ光のほうに向き直っています。

今日もここまで読んでくれて、ありがとう。
あなたの中の静かな光が、そっと、あなた自身を抱きしめますように。

あゆむ 拝

2025年10月21日火曜日

“恐れ”から“愛”へ—聖霊が教えてくれたこと。

“恐れ”から“愛”へ——聖霊が教えてくれたこと。


朝、目が覚めたとき。
まだカーテンの隙間から光が差し込む前に、心の中でざわめきが始まる。
今日の予定、昨日の後悔、あの人への小さな苛立ち。
まるで心の中にラジオがあって、ノイズ混じりの放送を垂れ流しているみたいだ。

けれど、その奥にもう一つの声がある。
小さくて、静かで、でも確かに響いている。
奇跡のコース(A Course in Miracles)は、その声を「聖霊」と呼ぶ。

僕たちはいつか、神から離れたと信じてしまった。
けれど本当は、離れたことなど一度もない。
聖霊はその“記憶”のような存在で、僕らの心の奥で、ずっと帰り道を照らしてくれている。

「あなたは失われていない。
あなたはただ、夢を見ているだけ。」

その声は、責めることも、急かすこともない。
ただ穏やかに、愛へ戻る方向を指し示してくれる。

人を許すことって、ずっと難しいと思っていた。
でもACIMは言う。
赦しとは「相手を許すこと」ではなく、「ものの見方を愛に戻すこと」だと。

怒りの奥には、いつも“愛の呼びかけ”がある。
そのことに気づくたび、世界が少しやわらかくなる。
敵が味方に変わるわけでもないのに、心の重さがふっと消える瞬間がある。
それが、聖霊が働いているサインなのかもしれない。

夜、静かな部屋で目を閉じる。
今日もいろんな声を聞いてきた。
不安や焦り、正しさを競う声。
けれど最後に聴きたいのは、ただひとつの声だ。

「あなたは愛そのもの。
そして、いまも神の中にいる。」

その言葉が胸の奥で響くとき、
何かが静まり、あたたかな光が広がる。
聖霊は、いつも沈黙の中にいる。
そして、その沈黙こそが、僕たちが“愛へ還る旅”を歩んでいる証なのだと思う。

あとがき

聖霊は特別な人のものじゃない。
誰の心にも、同じ“静かな案内人”がいる。
怒りや不安に覆われて見えなくなることもあるけれど、
それでも声は途切れない。

今日もまた、恐れではなく、愛を選んで生きてみよう。
その選択の積み重ねが、きっと「還る」ということなんだと思う。


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2025年10月20日月曜日

香咲弥須子さんの米子のセミナーに参加しました

 めっちゃ久しぶりの投稿です。

昨日、2025年10月19日(日曜日)、鳥取県米子市の米子市公会堂で開催された香咲弥須子さんのセミナー(リトリート)に参加してきました。

オンラインや、書籍を通して、香咲弥須子さんのことは知っていましたが、生の香咲弥須子さんに合うのは、昨日がはじめてでした。

参加費18000円は決して安い金額ではありませんが(そして京都からの長い車移動!)、参加して本当に良かったです。

自分の中で本当に大きな変化がありました。

それは一言でいうと…

もうサレンダーしよう。

という確かな気持ちです。


何をサレンダーするのかというと…

単純に一言で言うと…

もう、エゴは手放そう。

ということです。


あるいは別の言い方をするのであれば…

ホリースピリットと共に生きていこう

という決意です。


昨日のセミナーから一晩明けた朝に、今このブログを書きたくなって久々にキーボードを叩いています。

昨日と今日の気づきを忘れたくないので、忘備録的に残したいなと思ったのと、きっと、途中人でエゴ、雑念まみれのこの中年おっさんの気づきはきっと誰かの役に立つかもしれない…と思ったからです。

今日から、僕は生まれ変わります!

久しぶりにACIMのテキストを開いて呼んだのですが、なんと前回僕がテキストを読んだのは、今から10ヶ月以上前の2025年1月1日でした!(ACIMを読んだ日は僕は必ずエクセルに記録してます)

道理で、生活全般がうまくいかないわけだ…(汗)

まあ、ACIMのワークは断続的にやってきたし、ぽよぽよサンガでの香咲弥須子さんの配信動画は、擦り切れるほど繰り返し見てきたんだけど、でも、やっぱりACIM原典から、これだけ離れていたということは、僕の心がそれだけ浮ついていたのだと思う。地に足がついていなかった…。

昨日の香咲弥須子さんのセミナーでは、僕は思わず質問してしまったのだけど、香咲弥須子さんからは、とても厳しくも愛のある回答をいただくことができました。

僕に回答するときの香咲弥須子さんの眼光はとても鋭く、僕のハートにぐさぐさと突き刺さりました(いい意味でね)。

あれぐらいはっきりと言ってもらわないと、僕はエゴを手放すという決意を持つことはできなかったと思います。

この話は長くなるので、何回かにわけて、みなさんにシェアしますね。

2024年1月18日木曜日

ACIM(奇跡のコース)のワークを一年間やりきった結果どうなったかについて書きます。

 今日は2024年の1月18日。

昨年(2023年)僕はついにACIM(奇跡のコース)の365日のワークを最後までやりきることができました。

その結果どうなったかについて、体験談を書きます。


■結論!ACIMのワークをやり切ってよかった

結論から言うと、ACIMの365のワークに一年間がっつり取り組んで、そしてやり切って本当によかったと思っています。

やりきったことによって、

何かが劇的に変わった!

とか

とてつもない奇跡が起きた!

なんてことは何もなかったです。

でも、静かに…そして確かに、僕の魂は安定してきたし、不安や心配に飲み込まれるようなことはなくなりました。

それは何故かというと、僕はワークに取り組む中で、常に聖霊とともにあろうと決めたからです。

そして、全ての存在は兄弟なんだ。という真実を受け入れたからです。

そうすると、基本的に僕には敵がいなくなりました。

まさに無敵です。

恐れではなく、愛を選ぶようになりました。

それが奇跡だと思っています。

その選択をできたことこそがまさに奇跡で、そしてACIMにはその奇跡を起こすたけの力がありました。

ACIMには難解な部分もありますが、わからないときはさらっと読み飛ばしてもいいのいで、やっぱり一人でも多くの人に読んでほしいし、ワークにも取り組んでほしいと思っています。

宇宙の真理が書かれた本なので、読んだ人には必ず何かしらの奇跡や変化をもたらしてくれると思います。


僕は今年もお正月からワークの2周目に取り組んでいます。

たぶん、僕はこれからもずっとワークを毎年、毎日取り組んでいくと思っています。

朝、ワークを行うことで、聖霊とつながって一日を過ごすことができます。

コスパもタイパも最高だと思います。

ぜひ、あなたにもはじめてほしいです。

ACIM生活を。



追記

365日のワークを毎日一つずつやっていければ一番いいとは思うけど、そう決めると途切れたときに気持ちがきれちゃうので、昨年僕ははじめて、途切れたら、その翌日に2日分のワークをまとめてやってもいい。と柔軟ルールで取り組みました。

その結果、最長で5日ぐらいワークができなかったときもあったけど、そういうときはまとめて5日分のワークに一日で取り組んだりすることで、結果、1年かけて、365のワークを完結させることができました。

ゆるい感じで取り組んでもいいと思います。

ギチギチでやって途中で終わるよりもよっぽどいいです。


それと、テキストのほうは、一年か断続的に読んできたけど、まだ最後まで読んでません…

今テキストはちょうど半分ぐらいまで読み合わった感じです。

テキストも引き続き読み進めて、今年中には完読したいと思っています。



2023年7月20日木曜日

愛か恐れか、その2種類しかなく、そのうちの一つは実在しない。

 僕たちの感情や行動は全て、愛か、恐れ、そのどちらかに基づいています。

そして、そのうちの一つは実在し真実ですが、そのうちの一つは実在せず、幻想です。

もちろん、実在し真実なのは「愛」です。

実在せず、幻想なのは「恐れ」です。

そして「恐れ」の原因は「愛の欠如」です。

自分は愛されていない…という恐れから、人は人を攻撃します。

そして、一度でも攻撃をされた人間は、攻撃を恐れて防御しようとします。

そういうことを繰り返していくうちに、自分を守るために、今度は知らず人を攻撃するようになりはじめます。

こうやって、疑心暗鬼や人間不信が蔓延し、世の中は嘘や悪や欺瞞で満ちている…と悲観し、愛ではなく、恐れに基づいた灰色の世界で生きるようになります。

それはまるである種の地獄で生きるようなものです。

親からも学校からも、テレビやニュースやドラマからも「他人を信じてはだめ」と教えられます。「人に騙されてはいけない」「自分を守らなければいけない」と教えられ、そういう価値観が見に染み付いてしまいます。

不幸な人生ゲームのはじまりです。

とはいえ、誰もが別に悪に染まるというわけでもなく、みんな「愛」と「恐れ」の間を行ったりきたりします。

僕もそうでした。

心許せる人たちとの幸せな時間に愛を感じる時もあれば、傍若無人な人から攻撃を受けて、防御反応を示す時もありました。

怒りや悲しみを感じることも多々ありました。


そしてついには、僕はうつ病を発症するまでになってしまいました。

本当に苦しくて、もう僕は再起不能だと思い、それがまたさらなる恐怖や絶望を生み出して、本当に苦しかったです。

そんな僕が生きることができたのは、そして復活することができたのは、妻がいたからです。

「私がなんとかするから大丈夫」

的な言葉をなんどか言ってくれた妻がいたから僕は生きることができました。

感謝しかないです。

妻の他にも、僕の相談に何度も何度も真摯に向き合い励ましてくれた恩人もいます。

そして、多くのスピリチュアル系の本を読んで、読み漁って、そういった覚者の言葉にも救われてきました。

特にエックハルト・トールさんの「ニューアース」からは大きな影響を受けました。

瞑想もはじめるようになり、ずいぶんと心が安定し、僕は普通に社会人として復帰することができました。


そうして、割に穏やかな日々を送っていたのですが、当時の僕はまだまだ中途半端で、愛と恐れを行ったり来たりしているような感じでした。

そんな僕の人生にとある決定的な出会いというか目覚めのきっかけがありました。

それがACIM、奇跡のコースのワークに取り組みはじめた。

ということです。


このブログでも過去記事に何度も書いていますが、実は「奇跡のコース」を購入したのは10年程前であり、うつ病から復帰するかしないかぐらいのタイミングで奇跡のコースの365のワークに取り組み始めました。

でも、何度やっても続きませんでした。

文章が難解… ということもありますが、とにかくスイッチが入らなかったのです。

でも、今年、とてもつらいできごとがあり、八方塞がりな状態になり、再び鬱を発症するかも? という大きな恐怖に包まれる出来事がありました。

そんな時に僕を救ってくれたのが「奇跡のコース」だったのです。

僕は今年(2023年)の1月1日から何年か振りに奇跡のコースの365日のワークに取り組みはじめていました。

そして、奇跡的に今回は挫折することなく続けていくことができていたのです。

それは、一日ワークをやり忘れてしまっても、翌日に2日分やればOKというルールにして、とにかく最後まで完走する!と決めていたから続けることができていました。

でも、内容がどこまで魂に入っていたかというと、そこまでは入ってきてませんでした。

でも、とてもつらかったその出来事の翌日にワーク75「光がやってきました」に取り組みました。

そして、そのワーク75に取り組んだ時に、本当に光がやってきました。

僕の人生に、僕の心の中に、本当に光がやってきたんです。

そして、その日を境に、僕は聖霊と共に生きることを誓いました。

そして、本当に聖霊と共に今日まで生きてきました。

その結果、どうなったかというと、誰からも攻撃されなくなりました。

そして、誰に対しても恐れも怒りも抱くことがなくなりました。

愛しかありません。

全ての人を兄弟だと思っています(というか本当に兄弟なんです)。

それがわかると、みんな兄弟で、愛しかなくなると、もう毎日が奇跡しか起きなくなってくるんです。

サイン

が毎日やってきます。

ありえない神展開

が毎日やってきます。

いわゆるシンクロニシティ

が毎日やってきます。


今、僕は心から人生に感謝し、楽しめています。

本当の意味での人生ゲームを喜びをもってプレイできています。


ということで、あなたにもぜひ奇跡のコースをはじめてほしいな…と思って、久しぶりに更新しました。

最後まで読んでくれてありがとうございました。

2023年4月15日土曜日

聖霊の守りはある



■ACIM(奇跡のコース)に完全にハマってしまいました


今年2023年(令和5年)の1月1日からワークをやりはじめて、今日は4月の15日で、朝一番にレッスン106をやりました。


そして、スマホでタイマーをかけてちゃんと1時間に1回レッスンを行うようにしています。


これって、僕にとっては本当に奇跡的なことです。


奇跡のコースは素晴らしいという声をたくさん聞いて、はりきって2冊の分厚い「奇跡のコース」を購入したのが、今からちょうど10年前でした。





毎日1レッスンずつやって、一年で奇跡のコースを2冊とも読み終えるぞ!


ってはりきっていたのに、毎日ちゃんと続けられたのは、最初の1ヶ月ぐらいで、途中でレッスンをやるのを忘れたり、抜けてしまうと、そこから一気にトーンダウンして(僕には完璧主義者的なところがある、抜けだらけなのに!)結局途中で離脱しちゃったんです。


その後も10年間の間に、何度か今年こそは!とか、今回こそは!って思ってはりきってACIMのレッスンをはじめるんだけど、必ず途中で挫折してきました。


それにレッスンの中のワークも一日に最初は1回だけとか、一日に2回だけでいいのが、レッスンが進むにつれ、一日に求められるワークの数が増えていって(ちなみに今日のレッスン106では1時間に1回のワークが求められる!)、それも無理!ってなる原因の一つだった…


いや、正直に告白しよう…


僕は一日に2回のワークすら、今まではほとんどできたことがなかったことを!


朝にワークを1回だけやったら、その後は忙しい日常に流されてワークをする余裕なんてなかった…


夜のワークも、一日働いてクタクタになって、お酒を飲んでグタグタになって、とてもワークなんてできなかった…


そんな僕が今…


毎日、朝一番のワークが楽しみで楽しみで、1時間毎にワークを行っている。


これ奇跡です。



■なぜ、こんな変化が起きたのか?


その理由は簡単です。


それは、僕が聖霊と共に生き始めたからです。


10年前に僕は鬱になって、そしてそれがきっかけでこのブログも生まれたんだけど、今からちょうど1ヶ月前の3月14日にものすごくショックなことというか、落ち込む出来事があり、久々に鬱になりそうな気配を感じたんです。


今年の1月1日からACIMのワークに毎日取り組んでいたにも関わらずです。


でも、絶対に鬱なんかにはなりたくて、必死にすがるような思いで、その翌日、3月15日も、いつものように朝一番に、そしていつも以上に真剣に、その日のレッスン75「光がやってきました」を1時間ぐらいかけて何度も何度も何度も、救いを求めて、繰り返し読んだんです。


レッスン75「光がやってきました」の内容はすごいです。


この難解で、常識を揺さぶるような内容のレッスンが続いてきた中で、突然、燦然と救いのメッセージが書かれているのが、レッスン75「光がやってきました」なんです。





文字通り、欝病に落ちる寸前の僕の真っ暗に感じていた世界に明るい光が差し込んできたんです。


そして、そうやってワークに取り組んでいる僕に妻が


「聖霊と共に生きていけば大丈夫」


的なことを言ってくれたんです。






■大いなる決意。聖霊と共に生きていく


そして、僕は、その日、その瞬間から聖霊と生きていくことを決めました。


それから1ヶ月が過ぎましたが、この決意に全く揺るぎはありません。


そして、本当に不思議な話なんだけれども…


そうやって聖霊と共に生き始めてから、一度もイヤな体験をしていないんです。


というか、毎日が喜びだけになってきました。


唯一苦手だったあの人と接しても、傷つくことが一切なくなりました。


そして攻撃されることも一切なくなりました。


というか、そもそも攻撃なんてされてなかった。という感覚のほうが正しいです。


その人は、別に僕を攻撃したかったんじゃなくて、弱い自分をただ守りたかっただけなんだ…ということがわかりました。

そうすると、僕の中から恐れが消えました。


そして、これは別に綺麗事でもなく、ACIMの理念にある通りに、その人は敵ではなく、同じ神の子であり、兄弟であると認識するようになりました。


そうすると、相手の態度も今まで見せなかったような、懐を見せてくれるようにすらなりました。


こういった体験をこの1ヶ月間重ねてきて、僕は聖霊のパワーをまざまざと思い知らされました。


そして、これからもずっと聖霊と共に生きていこう!


って心から思っています。


オールインって感じです。


もうこの気持がブレることはないと思うし、スポリチュアルジプシー的なこともしなくていいと思います。


これからも生涯、毎日、ACIM(奇跡のコース)のレッスンを行い、テキストを読んで、瞑想して、聖霊と共に生きていきます。






■おわりに…


こんな文章を書いたのは、今、この文章を読んでくれているあなたのためです。


・あなたが何かに悩んでいるのなら…


・あなたが奇跡のコースに興味があるなら…


・あなたが奇跡のコースを持っているけで、なかなか読めていないのなら…


ぜひ、一度、騙されたと思って!? 強い気持ちで奇跡のコースに取り組んでほしいと思います。


きっと大きな、大きな、あなたの人生を根底から変えてしまうような、とても素晴らしい、奇跡に満ちた変化があると保証します。



人生には様々なことを起こります。


一見辛いような体験もあるし、苦しみを感じてしまう体験、喪失感、挫折感、寂寥感、孤独感…


でも、自分の世界に起きる出来事はすべて、今の自分にとって必要なことが起きている。


そして、後になってみれば、すれらはすべて最善の出来事であったことがわかる。


僕はそう信じています。


とはいえ、渦中にいる時には、とてもしんどかったり、辛かったり、寂しかったりするのも事実です。


そんな時、聖霊は必ずあなたを守ってくれる暖かなシェルターとなってくれます。


聖霊には無条件の愛しかないのです。


聖霊を思いっきり信頼して共に歩んでください。


かならずご守護があります。








2023年3月30日木曜日

2つの世界



 ACIM(奇跡のコース)をしっかり真面目に読み出してから、本当に奇跡が起き始めてます。

トリックのようなミラクルが起きているわけではありません。

もっと地味な、でも一番大切な奇跡が起こり始めました。

それはどんな奇跡かと言うと…

苦しみが消えて

世界を信じることができるようになった

という奇跡です。


なんというのか…

私たちって、誰もが強烈なストーリーを抱えて生きています。

世界観と言い換えてもいいと思いますが、このストーリーとか世界観って、本当に千差万別で、人によって大きく違うんだろうけど、残念なことに、世の中のまだ多くの人はエゴが作ったストーリーとか世界観の中で生きているように思います。

僕のそうだったし、今でもまだエゴが作ったストーリーを完全に手放せたわけではありません。

でも、ACIMのワークを毎日行い(いや、まだ途中ですが…本日はワーク90!この先に何が書かれているかは知りません!)、TEXTを必死で理解しようと読み込むうちに(TEXTもまだ166ページ!全946ページなので、まだ全体の6分の1ほどしか読んでない。この先に何が書かれているかは知らない!)明らかな変容が起きています。

ものすごく嬉しい変容ばかりです。

その変容は…

苦しみが消えて

世界を信じることができるようになった

という変容なのですが、別の言い方をすると

敵がいなくなった

というか

敵だと思っていた人が味方になった

という感じであり、実際には

そもそも敵なんて一人もいなかった。

それはただ僕が勝手に敵だと思いこんでいた。

ということに気がついた感じです。



ACIMを読んでいると(まだ序盤ですが!)、繰り返し出てくるのが

僕たちはエゴが作った狂った世界観で世の中を観ていて、だから苦しみが耐えない…

的なことが書かれています。

そして、神や聖霊と共に生きれば、その瞬間から全てが救われる…

的がことが書かれています。

これ、本当に究極の真実です。



世の中のニュースを見れば、戦争が起こっていたり、凶悪な事件が起きていたり、理不尽とも思えるようなニュースで溢れています。

自分の周囲を見渡しても、職場に苦手な人がいたり、近所に困った人がいたり、身内でいがみあっている人がいたり…そういう〝現実的な問題〟を抱えている人もたくさんいると思います。

僕もそうでした。

でも、世の中の事件も、周囲の問題も、一瞬で問題を解決することはできます。

というか、問題が問題でなくなる。と言ったほうがいいかもしれません。


まず、世界や世の中の問題ですが、ニュースを観ていると怒りを感じたり、恐怖や不安を感じるかもしれませんが、それって完全にエゴの思考に乗っ取られています。

まず、そのニュースの事件が起きたからといって、今この瞬間の自分に何か大問題が起きているのか?

と冷静に考えると、実は何も問題は起きていないことがほとんどです。

あるいは、そのニュース自体を全く見ることも知ることもなかったとしたら、それはあなたにとって、私にとって、何か問題があるでしょうか? 苦しむでしょうか?

それは、ありえないですね。

知りもしないことは問題にならないし、苦しむこともできないです。

いやいやいや! でも、自分が知らなかったとしても、現に何か凶悪事件とか起きてたら、それは問題やん!

と思う人もいると思います。

もっともな常識的な考え方だとも思います。

でも、いやいやいや!

と言っているその声は、エゴの声です。



僕はもっとミニマムな世界で生きることを推奨します。

考えてほしいんですが…

例えば、江戸時代に、ある田舎の農村に生きていた一人の老婆がいたとします。

子供や孫に囲まれ、家族で畑を耕し、収穫を喜び、太陽な大地の恵みに感謝して神仏に手を合わせて生きていたとします。

そのおばあさんにとっては、自分の周囲3キロぐらいが世界の全てで、それ以外のことは何も知らなかったと思います。

なので、遠国で戦が起きようが、外国で疫病がはやろうが、知ることもなく、感謝の中の変わらぬ日常を生きていたでしょう。


もちろん現代に生きる私達とは環境は全く違います。

世界中の不幸なニュースが毎日、毎分、テレビやパソコン、手元のスマホにも届けられて目にしてしまいます。

ニュースなんて観なければいいと思います。



えっと…

何が言いたいのかと言うと…

ニュースを観て、不安になったりしている自分も

怖い上司や、イヤな同僚をストレスに感じている自分も

全部エゴです!

ってことです。

もうねエゴが自動操縦して、エゴの命ずるがままに反応しちゃってるんです。

僕がそうだったからよくわかります。

エゴは、脳は、思考は、生きるために、その生存本能のために、弱い自分を守るために、このひどい世界から自分や家族を守るために、すぐに恐怖や不安を感じ、弱い自分を守るために、敵を作り、防御するために攻撃したりするんです。

そして、やたらと高圧的なボスとか、意地悪な同僚とか、みんな攻撃したくて攻撃をしているんじゃないんです! 本当は不安で弱い自分を守るために攻撃したりしてるんです。

あるいは、犯罪者も本当は弱かったり、怖かったりするだけなんです。

生まれた環境とか、貧困とか、虐待とかで本当は愛されたいだけだったりするんです。

怨恨による事件とかも、本当は相手が憎いんじゃなくて、本当はただ愛がほしかっただけなんです。

まあ、その愛がほしい…という気持ちもエゴから出ている感覚であることがほとんどですが…


で、僕が今日伝えたいことは、もうエゴに操縦されて、エゴ自動運転マシンで生きるのはやめよう!

ってことです。

だって、その世界で生きるのは苦しいから。

その世界観では、苦悩に終わりがないから。


そうじゃなくて

聖霊と共に生きよう。

神意識で生きよう。

敵と思っていたあの人も神の子・兄弟と思って生きよう。

ってことを言いたい。


ACIMにも書かれています。

敵と思っている人が目の前にいる時こそチャンスだと。

敵と思っているには自分のエゴだと。

その相手を許し、敵と思っていた自分のことも許し、その相手も兄弟であり、神の子であると認識した瞬間から奇跡が起きると。

そんなふうなことがいろんな角度から何度も書かれています。


もう、僕の具体的な話を書きますね。

僕も、過去に鬱になったこともあるので、弱者の気持ちというか、苦しんでいる人への共感力はそれなりにあるし、成功も失敗もいろんな体験をしてきて、割とどんな人とも良好な人間関係は築けるタイプだし、周囲からもそういうふうに認識されていると思ってます。

でも、そんな僕でもまったく手に負えない〝敵〟に僕は、この数年間苦しめられてきました。

その敵はどんな敵かというと…

ものすごく高圧的で、すぐにキレて、理不尽で…

いや、これ以上書くのはやめよう…

とにかくものすごく僕は苦手でしんどかったんです。

10年ぶりの鬱再発か・・・・・

の原因となった人が、ものすごく近い距離にいたんです。

その人さえいなければ、あとは全てOk。だけど、その人だけはどうしようもない…

そんなふうに思ってました。


それで、あまりに苦しくて、ACIMに救いを求めたところ

僕はエゴではなく聖霊と共に生きると決めました。

そして、敵は幻想であり、全て神の子の現れであり、兄弟である。

と認識するようにしました。

私に光あれ、その兄弟にも光あれ。

もうそっちに振り切って、無理やりでもなんでもいいから、僕はそっちの世界観に100%コミットするって決めたんです。

そうしたら、どうなったと思いますか?

なんと!

そうコミットしたその日から・・・

ピタッと!

攻撃が!

とまったのです!


え〜〜〜〜〜〜〜ッ!!

うそ〜〜〜〜〜〜ッ!!

って感じでしょ?


でも、ほんまなんです。

びっくりです。

奇跡ってほんまにあります。

キリッ(๑•̀.•́ฅ✧



僕が今日の記事で伝えたかったことで、この事実です。

聖霊も、許しも、神の子も、兄弟も、光も、奇跡も

全部本当にあります!

今すぐACIM(奇跡のコース)を読み始めてほしい!

ってことです。


僕たち人間は全員、次の2つの世界のどちらかに属して生きています。

世界は不安と恐怖に満ちているというエゴ世界

世界は愛と喜びに満ちているという奇跡世界

あなたはどちらの世界で生きたいですか?


僕はずいぶんと時間がかかったし、たくさん回り道をしたけど、ようやく愛と安心の世界に入ることができました。

実はこの扉はいつでも開いていて、誰でもいつでも、ただその世界で生きるって決めたら、愛と安心の中で生きられるようになります。

そして、本当に不思議なことが、信じられないような奇跡が起きます。

ACIM(奇跡のコース)は、とっつきにくい、そして膨大なボリュームの本ですが、スイッチが入ってからは、めちゃめちゃおもしろい本です!

全ページにすごい事実が!腰を抜かすようなすごい真実が書かれています。

心からオススメします!

奇跡のコースはKindle Unlimitedに入ると0円でも読めます。

分厚すぎる本なので電子書籍もアリかと思います。

【編集後記】

ちょっと物議をかもしそうな内容もあったので補足します。

世界で起きているニュースに目を閉じて無視してもええんか!

と思われる方もいると思います。

もちろん戦争はしないほうがいいし、凶悪な事件も起こってほしくはないです。

でも、まずは!世界の前に、いまここで自分の目の前の世界で、半径3メートルの世界で、出会う人全てに愛と感謝の気持ちをもって、まずは家族から友達から同僚から、小さな天国を作っていくことが大切だと僕は思ってます。

そうやって、小さな天国の輪というか、まずは自分の中に天国を作って、それが家族や友人や近所に伝播していって、それが日本に世界にって広がっていくにが実は一番確実で早い方法だと僕は信じています。

どうしても今する世界を変えたいのであれば、それが本当に自分の使命であると思うのであれば、総理大臣とか国連事務総長を目指して今すぐ行動を起こせばいいと思います。

あるいは、世界をよりよくするために、教育者になるとか、学校を作るとか、あるいはYouTubeやブログで啓発していくとか。

ただなんというか、一番大事なのは、自分のハートがいまどんな状態であるか?

っていうことだと思います。


補足2です

敵だと思っていた人からの攻撃が止まった件ですが、これは本当の話です。

会うたびに、攻撃をされ、ものすごくストレスだったのですが、今は攻撃もなく、ダメージゼロの毎日です。

厳密に言うと…

あるいは、もしくは…

攻撃されているのかもしれないけど、それを僕は攻撃と認識していない…という面もあると思います。

というか、そもそも相手は僕を攻撃する意図はなくて、ただのそれはオーダーで、それを僕は恐怖と不安から過敏に反応して、攻撃と捉えていた… という面もあると思います。

なんとうか、接していても、相手は神の子、兄弟で、相手に光あれと思って接しているので、相手も攻撃しようがなくなってる感じもするし、僕は本当に相手を神の子と思っています。

そうすると、ものすごく相手の気持ちに共感できるようになりました。

本当に敵は敵じゃなくて、仲間だったんです。

不思議な世界です。





2023年3月26日日曜日

やっとわかってきた。光がやってきました。

やっとわかってきた

やっとわかってきたことを、思ったままに素直に書きます。今この文章を読んでくれているあなたのために。


ここ最近、ずっとACIM(奇跡のコース)のワークに毎日取り組んでいます。

10年以上前に買ったとても分厚い2冊の「奇跡のコース」は、毎年のようにチャレンジするも、毎日行うワークがどこかで途切れてしまい、フェードアウトする…ということをずっと繰り返してきました。


ACIM奇跡のコース


なので、ワークも365のうちのまだ序盤の60ぐらいまでしか取り組んだことがありませんでした。

でも、今年はというか今回はやり方を変えて、スタートしたのは1月1日ですが、もしワークをできない日があっても、その翌日に2日分のワークに取り組んでもOK!とにかく12月31日まで365のワークを全部やる!と決めてやってきました。

実際、ワークができない日があったり、最大だと5日分ぐらいのワークがたまってしまうようなこともありました。

でも、それでも続けてきて本当に良かったです。

ちなみに今日はワークの86に取り組んだのですが、今から11日前にワークのレッスン75「光がやってきました」に取り組んだ日に、僕の中で大きな変容がありました。

何があったかというと、僕は、その前日、ものすごくショックなことがあり、未来に対する不安とか、過去に対する後悔とか、思考の暴走が止まらなくなって、ものすごくしんどくなったんです。

正直に書くと、久しぶりに(10年ぶりに)、鬱になるかも…

というぐらいにしんどくなったんです。

これは本当にやばい!と思ったので、その日の夜、妻にすぐに正直に今の心境を話したぐらいです。

妻はもちろん親身になって聞いてくれましたが、自分が選択してきた道はやっぱり間違いだった…みたいな思考になってしまって、僕が欝病の時に一番苦しかった頭の中のボワボワする感覚がやってきました。

正直パニックになりました。

また、まともな生活が送れなくなるかもしれない…

という恐怖に包まれました。



その日の夜は、恐怖と不安で思考がぐるぐると回って、なかなか眠りにつくことができませんでした。

とても苦しい夜でした。


眠れない夜



翌朝。

昨夜のパニックは収まっており、気分はいくらかはマシになっていました。

でも依然、大きな不安の中で、これからどうしていけばいいのか・・・

みたいな思考に捕らわれていました。


そこで、なかば救いを求めるような気持ちで、朝一番にACIMのワークに取り組みました。

そして、その日のワークがレッスン75の「光がやってきました」だったのです。



そして、このワークに取り組んだ結果どうなったかというと、本当に・・・・・

光がやってきたんです。

光がやってきた
UnsplashのNic Y-Cが撮影した写真


僕は昨夜の地獄のような苦しみから、たった一日で天国のような安心な気持ちになることができたんです。

何があったのか?

もう少しくわしく書きますね。


ACIMって、読んだことがある人ならわかると思いますが、本当にすごい本で、ある意味ショック療法的な本なんですね。

特にワークの最初の部分はかなりぶっとんでます。

レッスン1からして「私が見ているものには、何ひとつ意味はありません。」というレッスンからはじまります。

一般的な感覚の人からしたら…

はあ!?

という感じだと思うし、スピリチュアルをかじったことがある人でも衝撃的な理解が難しいレッスンが最初の1ヶ月ぐらいはえんえんと続きます。

救いを求めてこの本を手にして人であったら、いつまでも救いの内容が出てこないので、途中で投げ出す可能性も高いと思います(過去の俺です…汗)。

そんなACIMのワークのレッスンの中でこのレッスン75の「光がやってきました」というのは、ものすごく直接的に救われるインパクト大のタイトルでありレッスンなんです。

僕はこの日のワークを1時間ぐらいかけて、何回も何回も何回も繰り返し読んで、理解しようとして、理解しようとして、頭の中の雑音を消しながら、ひたすら文章の一つひとつに集中して何度も読み直しました。

これでもか!というぐらい読み直しました。




そして、何度も読み直していくうちに、気がついたらふわっと心が軽くなっていたんです。

本当に、僕の心に、僕の世界に光がやってきたような感覚になりました。


もう少し詳しく書きます。

僕はこの日のワークに取り組みながら、自分の中である決意をしたんです。

それはどういう決意かというと…

聖霊と共に生きていく

ということと。

愛(神意識)を選ぶか、恐れ(エゴ)を選ぶかで、

僕は愛(神意識)を選んでいく。

という2つの決意です。


この

聖霊と共に生きていく

という感覚は今までの僕にはない感覚でした。

正直今でも〝聖霊〟というものが一体なんなのかはわかっていません。

ただ、ACIMの中ではこれでもか!というぐらいに聖霊という言葉が出てきます。

多分登場回数ナンバーワンの単語だと思います。

今の僕の理解で聖霊を説明するならば…

神と私をつないでいる存在・ガイド

シンプルにいうとそんなふうに捉えています。

そして、この聖霊はつながってさえいれば愛と安心につつまれて、物事もすべて良き方向に進むし、一見厳しい状況にぶつかったとしても、良いほうに解釈できるようになります。

だから、絶対的に聖霊とはつながっていたほうがいいし、それが幸せに生きるための唯一にして絶対の方法なんだけど、聖霊とつながるためには、私たち自身が聖霊と繋がることを積極的に能動的に選ばないと繋がらないんですね。

そして、これは僕自身のことでもそうだし、世の中の多くの人が日々、悩んだり、苦しんだり、後悔したり、将来を不安に思ったりするのは、聖霊とつながってないからんです。

しかも聖霊とつながってないだけならまだしも…

不安や恐れ、あるいは攻撃や防御反応を生み出す元凶である〝エゴ〟と、がっつり繋がっちゃってるんですね。

だから、いつまでたっても苦悩が耐えない。

僕たちは、常に

聖霊orエゴ

のどちらかに繋がっているんです。

これはACIMの中で繰り返し書かれていることです。

こわいですよね。

そして、逆に考えるとめちゃ安心ですよね。


と、ここまで読んで、あなたはどう思いましたか?

聖霊と共に生きたいですか?

エゴと共に生きたいですか?

当然、聖霊と共に生きたいと思いますよね。僕はそう思います。


ただ、これは人間のクセというか、生まれ落ちてきた瞬間からの、様々なトラウマとか、恐怖とか不安とか屈辱とか失敗とか後悔とか絶望とか…いろんな体験を重ねてきたことで、弱い自分を守るためにエゴってすぐに発動しちゃうんですよね。

あなたの周りにもこんな人いませんか?

いつも偉そうにしている人

いつも文句ばかり言っている人

いつも悪口を言っている人

いつもズルばかりしている人

嘘をつく人

騙す人

傷つける人

攻撃してくる人

自分を責めている人

夢をあきらめた人

・・・・・


こういう人たちが、なぜそういう行動をとっているかというと、それは、その人がエゴと繋がっているからです。

エゴに操縦されている。と言ってもいいし、エゴの容れ物になっている、あるいはエゴに乗っ取られているといってもいいと思います。

そして、周りの人をそういうふうに認識したり判断している時の自分、「あの人は最低な人間だな…」とか「あの人はズルいな…」と思っている時の自分っていうのも、実はエゴとしっかり繋がちゃっているんですね。

恐ろしくもあり、滑稽でもある世界です。

僕も、すぐにそういう世界に、自分に入り込んでしまうクセがついてます。


でも、今回は欝が再発するかも…という僕の中での究極の恐怖が起こったために、ショック療法というのか、ACIMに救いを求めたら、はじめて自分の中で何かがストンの腹の中に落ちて不安とか恐怖が消えたんです。

なぜそうなったというと、繰り返しになりますが…

聖霊と共に生きていく

ということと。

愛(神意識)を選ぶか、恐れ(エゴ)を選ぶかで、

僕は愛(神意識)を選んでいく。

という2つの決意をすることができたからです。


そしてそんな決意をすることができたのはACIMのおかげでした。

それともうひとつは妻のおかげです。


僕がその日の朝、ワークに取り組んでいる時に妻が僕にアドバイスをくれました。

その時の僕はまだ頭が混乱していて、不安に包まれていた時なんですが、そんな僕に妻はアドバイスをくれたのです。

たぶん10分間ぐらいアドバイスをくれたと思います。そのアドバイスの内容のほとんどは覚えてないんですけど、一つだけ覚えていることが

聖霊と共に生きたら?

という一言でした。


その言葉で僕の中のなにかのスイッチが入りました。

あまりに苦しかったので、僕には選択の余地はありませんでした。

死ぬか(エゴと生きるか)

生きるか(聖霊と生きるか)

みたいな二択で、僕には選択の余地は全くありませんでした。


その妻のアドバイスでスイッチが入ったあとからは、ACIMの本の内容がさらに入ってくるようになりました。

10年間挫折し続けてきた僕のACIMのワークですが、今の僕は、まるで少年が毎週の「週刊少年ジャンプ」の発売日を待ちわびるように気持ちで、毎日の朝一番のACIMのワークに取り組み、テキストを読むのが楽しみになっています。


僕に光がやってきてから今日で12日が経過しました。

今の僕の心は安定しています。

もちろん、心に波風が立つ瞬間はあります。

一瞬不安になることもあります。

でも、そこにずっと飲み込まれっぱなしというのは本当に一度もないです。

すぐに、不安から離れて、安心の中に戻ることができるようになりました。

これってものすごい安心感です。


この安心感の秘訣をしってほしくて、僕は今日の記事を書きました。

この文章を最後まで読んでくれている〝あなた〟のために。

絶対安心の中で生きていく秘訣。

不安や恐れや後悔を手放す秘訣。

それは…

聖霊と共に生きていく

ということと。

愛(神意識)を選ぶか、恐れ(エゴ)を選ぶかで、

僕は愛(神意識)を選んでいく。

という2つの決意をすることです。


ACIM(奇跡のコース)、分厚くてとっつきにくい本ですが、ちゃんとしっかり読めば

人生を変えてくれる

素晴らしい本です。

僕は分厚い本を毎日読んでますが、最近知ったことですが、Amazonで電子書籍版が販売されていることを知りました。

価格も紙の本より安いのがいいし、あとはKindle Unlimited会員だと0円で読めるんですね!

僕はKindle Unlimited会員は何度も入ったりやめたりを繰り返してきましたが、これを機にまた入ろうかな、なんて思ってます。


【編集後記】

最近、何年かぶりにアニータ・ムアジャーニさんの「もしここが天国だったら」を図書館で借りて読み直しました。

アニータ・ムアジャーニさんの本はデビュー作の「喜びから人生を生きる」は自分でも所蔵していて何度も読み返した素晴らしい本なんですが…

二作目の「もしここが天国だったら?」は、当時も良い本だな… とは思った記憶があるんですが、一作目ほどのインパクトではなかった印象でした。

でも今回読み直してみて、びっくりしました。

ものすごい大切なことが書かれている本です。

そして書かれている内容はACIMで書かれている内容と全く同じです。一切の矛盾もありません。

逆にACIMの内容をより平易な言葉でわかりやすく補完してくれいるような内容です。

全ての人にオススメしたい本ですが、まずは一作目から読むことを絶対的にオススメします。

アニータさんの本の内容というか、僕がすごいなと思った内容については、次の記事で書きますね。

2023年1月16日月曜日

私には中立的な思いはありません。

私には中立的な思いはありません。

奇跡のコース(ACIM)第2巻学習者のためのワークブック:38ページ:レッスン16:私には中立的な思いはありません。より


奇跡のコースのワークで出てきたこの言葉。

今日はじめてその意味が理解できて、ものすごくハッとさせられたので、思わずブログに書いてます。

このワークの中では

「   」についてのこの思いは中立的な思いではありません。なぜなら、私には中立的な思いはないからです。

というワークを行うのですが、「   」の部分には、自分が不安に感じる思いを入れてワークを行います。

それで、僕も僕がずっと長年感じてきている不安と、今現在抱えてる不安を「    」の部分に入れて、自分の心の中で、このワークを何度か行ったのですが、その時に…

ハッ!!

としたんです。

大袈裟に言うと、雷に打たれたような衝撃というか…

本当にびっくりしました。


何にびっくりしたかというと、本当にこのワークの言葉どおり

私には中立的な思いはありません。

ということが本当に真実である。

ということにびっくりしたんです。


というか、私がこのワークで行った

「   」についてのこの思いは中立的な思いではありません。なぜなら、私には中立的な思いはないからです。

の「   」に入る全ての思いは、つまりはいろんな不安や心配事の全ては、愛でもなく、中立的な思いでもなく

全て恐怖や不安から生み出された思い

であるという事実に愕然としました。


多分、これは僕だけではなくて、ほとんどの人にも当てはまる驚愕の事実であると思います。

一日に僕たちは本当にいろんなことを考えて、いろんな思いが湧き上がってきますが、そのほとんどは、過去や未来のことばかりで、しかも考えている内容というのは、ハッピーなことよりも、心配毎とか、後悔とか、不安とか… そんなことを考えていることのほうが多いと思います。

で、そういうのって、本当に中立的な思いじゃなくて、全部自分の過去の体験を基に自分ででっちあげた恐れや不安なんですね。

心配事の9割は起こらない

なんて本もありますが(僕も持ってます)、本当にそうなんです。


僕の今日の感覚、あなたには伝わってますか?

なんていうのか、僕たちは物事に対して、常に中立でニュートラルであるべきだと思うけど、それってほぼ無理なんだということですね。

あらゆる、現実や事象、あるいは湧き上がってくる思いは中立ではなく

常に

愛

あるいは

恐れ

から来ているということです。


そして、その事実を認めた上で、何に基づいて生きるか?

日々湧き上がってくる思いはどこから来ているのか?

それを見つめることが大切なんだと思います。


奇跡のコース、本当に深いし、たくさんの気づきをくれる素晴らしい本です。

なんてことを書いている僕ですが、2013年に購入してはや10年、まだ一度も読み終わったことがありません。

ワークを一年かけてやりぬこうと、過去に3〜4回、ワークとテキストに取り組んだことはあるのですが、毎回途中で挫折してきました。

でも、今年は新年の1月1日から再び新たな気持ではじめたのですが、今回はものすごく内容が魂に入ってきます。

機が熟したのだと思います。

これからも大きな気付きがある度に、このブログでシェアしていきますね。


最後まで読んでくれてありがとう!

あゆむ 拝


2023年1月8日日曜日

真実の喜びは、すべて、「神の意思」を行うことから生まれます。

真実の喜びは、すべて、「神の意思」を行うことから生まれます。

なぜなら、「神の意思」を行わないことは「自己」の否定だからです。

奇跡のコース(ACIM)第1巻テキスト:17ページ:第1章:Ⅶ.奇跡衝動の歪みより


ものすごくシンプルで短い言葉だけど、この言葉にあらゆる問題を解決する全てが集約されてます。

真実の喜びは神の意思を行うことから生まれます。

現実世界は厳しい… というエゴの認識があるから、僕たちはすぐに不安にとらわれます。

人間関係のこと、お金のこと、健康のこと…などなど。

また、他人からの評価とか、出世欲とか、金銭欲とか、そういった欲望を根底に行動することがほとんどです。

でも、そこに真実の喜びはありません。

すべてエゴが根底になっているからです。

エゴを満たせば、瞬間的には喜びとか幸せという感覚を持つことができます。

でも、それは瞬間的なことで永続性はありません。

もう、それではダメなのです。

エゴは人間として肉体を持って生きている限り、完全になくすことはできません。

でも、エゴを認識し、コントロールすることは誰にでも可能です。

本当に幸せに生きたいのなら何か行動をするたびに

この行動は神の意思に基づいているか?

を自問して、イエスならば全力で取り組む。

それだけで、人生は全て良い方向に向います。

逆に、その行動や想いがエゴに基づいたものならば、その行動は行わない。

なぜなら…

「神の意思」を行わないことは「自己」の否定だからです。



ものすごくシンプルな世界。

ですね。


めっちゃ久しぶりの更新。

読んでいただきありがとうございます。

あなたの人生に幸多からんことを!


あゆむ 拝



2019年6月12日水曜日

ACIM 奇跡のコース…三度目の挑戦

ACIM 奇跡のコース…三度目の挑戦


このブログでも過去にこんな記事を書きましたが…
↓  ↓  ↓

2018年は再び「奇跡のコース」に取り組みます。


僕は、2016年の1月1日に、この一年で奇跡のコースに取り組むぞ!
と張り切って毎日のワークブックに取り組んだもののたぶん1ヶ月ぐらいで挫折しました。

そして、その二年後の2018年の正月あけにも、もう一度、奇跡のコースに取り組みました。

この時は、三ヶ月ぐらいは毎日のワークに取り組んだのですが、やっぱりどこかのタイミングであきらめて放置してしまいました。

そして、今年の4月17日から突然思い立って三度目の挑戦になりますが、奇跡のコースに取り組んでいます。

奇跡のコースってなんぞ?

と思われている方は、こちらのリンクをご覧ください。
↓  ↓  ↓

ACIM - ウィキペディア



『奇跡講座』とは?


僕的に「奇跡の講座」についてシンプルに説明すると…

現代のスピリチュアルの源流ともいえる、膨大に分厚いバイブル的な本です。



ヘレン・シャックマンという女性が自動書記に近い状態でメッセージを書き綴った本で、そのメッセージの主はキリストであると言われています。

現在生きている中でもっとも世界的に有名なスピリチュアル指導者のエックハルト・トールも、そもそもの目覚めのきっかけは「奇跡のコース」を読んだことにあります。

僕はこれまでに300冊以上はスピリチュアルな本を読んできましたが、かなり多くの著者が「奇跡のコース」について言及しているし、人生を変えてくれた本と絶賛してたりする、そんな本です。

そして、これもまた共通してみんな言っていることですが、この奇跡のコースってめちゃくちゃ分厚くて、単純にボリュームが半端ないんですが、それでいて

ものすごく難解です。

ははは…

これね、本当に激ムズです。

僕はかなりの本好きだし、スピリチュアル系の本は、ライトなものからヘビーなものまで、読了できなかった本はほぼありません。

でも、この奇跡のコースに関しては、絶対にこの一年で読むぞ〜!

と固く決意して読みはじめたのに、まだ前半部分のうちで挫折してしまいました。

たしかに難解な本ではあると思います。

ACIM奇跡のコース…難しい難解文字小さい


でも、難解なんだけど、その中でもキラリと光る部分というか、

すげー〜〜〜〜!

って思う記述もある本で、難解な中にも、読みながら純粋な驚きと喜びがあったことも確かです。

でも、最後まで読めなかった…


それでしばらく本棚で眠っていたのですが、このたびまた奇跡のコースに取り組もう!って思ったのは、妻がきっかけでした。


えっと、僕ってホントに妻からの影響大な男です…(汗)

妻には瞑想友達が何人か全国にいて、時々集まってランチなんかをしているみたいなのですが、その友達の一人が、一年かけて奇跡のコースをやりきったと…

途中、本を投げ出したい気持に何度もなったけど、それでも必死で鞭打って、一年間続けたところ、その過程で、また読了した時に、まあ本当に奇跡が起こったと…

新しい世界が広がり、人生が変わったと…

そんな話を聞いたそうです。

つまり…奇跡のコースを一年で最後までやり終えたら、本当に奇跡が起きた…
って話です。


で、その話を妻に聞いて僕も、やっぱ奇跡のコースってスゴイんや!

って思って、これはもしかしたら、今が良きタイミングなのかも???

と思って、突発的に奇跡のコースに取り組むことにしたんです。


えっと、奇跡のコースを読むではなく、
取り組む
と書いてあるのは、理由があります。

奇跡のコースはテキストで1冊
そして、ワークブックで1冊になっていて、ワークブックには365のレッスンが乗っていて、それを一日、1ワークずつ取り組む形になっているからです。

ACIM奇跡のコース本2冊


つまり、読書というよりも、365日間、ワークに取り組む本なんです。

で、今日現在でワークはレッスン36まで進んでいて(はい、毎日のつもりが時々サボった日がありました…)、テキストのほうは172ページまで読んだところです。

そして、不思議なのですが、3回目の挑戦である今回は、以前に2回に比べると、ものすごく内容が理解できるようになりました。

もちろん難解な部分はあるのですが、ワークはまだしも、テキストのほうが以前は全くちんぷんかんぷんな感じだったのが、今回はテキストのほうも、けっこう内容がグイグイ入っていくる感じです。

なので、今回は一年とちょっとで、たぶん最後までワークに取り組んで、テキストも読了できると思います。


たぶん、僕にとっては、人生において今のタイミングで読むようになっていたんだな…
というふうに感じています。


この本、なかなかすごくて、テキストを読み、ワークに取り組むことで、僕は人生のとらえかたがまた良い方に変わってきました。

分離感がよりなくなってきたし、人生に安心感をもつことができるようになってきました。


きっと、この記事を読んでくれているあなたにも、いずれ読む時がくると思います。

なお、本は分厚いだけに、お値段もけっこうするのですが、1家に1冊あってもいい、いや、あったほうがよい本だと思います。


この世界の真実を知りたい、人生の目的を知りたい…
そんな疑問を盛っている人にこと読んでほしい本です。