2014年3月8日土曜日

瞑想のコツ



このブログに以下のコメントをいただきました(ありがとうございました)

お答え,ありがとうございました。
>「悟ろう」「悟りたい」という思いは決して間違っていません。
これを読んで安心しました。
できるだけ執着しないように気をつけます^^

私は,朝起きると不安感や恐怖感に囚われ,それを解消したいために瞑想をしています。

その瞑想というのは,ヴィパッサナー瞑想なのですが,その関連の瞑想として「慈しみの瞑想」というのがあります。

「私が幸せになりますように」
「私の悩み,苦しみがなくなりますように」
「私の願い事が叶いますように」
「私に悟りの光があらわれますように」

という言葉を繰り返し念じるのですが,これを念じることは問題ないでしょうか?

といいますのは「~なりますように」という言い方ですと「今は足りないけど,それを手に入れることを望んでいる」という「執着」を表すような言葉のようにも受け取れます。

また本来「現状は完全」なのに,それと相反するような内容とも受け取れます。

ブログでご紹介いただいた津留晃一さんのメッセージを読んで,ふとそんなことを思いました。

もっとも,津留晃一さんのメッセージも,私にはなかなか消化しきれないところが多いのですが(泣)

わかりにくい質問になってしまったかもしれませんが,もしお時間がございましたら,ご意見をお聞かせいただければ幸いです


コメント以上

上記の通り、瞑想中にどのような想念を持てばいいのかについての質問がありましたので、瞑想のコツについて今日は書きます。

まず、上の質問について答えると、上記のような瞑想の仕方でも全く問題はないと思います。

瞑想には明確なルールはなく、スタイルや手法よりも、本人がいかに瞑想できるか… が大事です。
なので、それぞれが一番しっくりするやり方で瞑想するのが一番だと思います。

また、下記の部分ですが…

といいますのは「~なりますように」という言い方ですと「今は足りないけど,それを手に入れることを望んでいる」という「執着」を表すような言葉のようにも受け取れます。

また本来「現状は完全」なのに,それと相反するような内容とも受け取れます。

その感覚…よくわかります^^

願望を持つことは悪いことではないし、人間にとって自然なことでもあります。
ですが、それに執着をもつと苦悩が必ず生まれます。
なので、願望をもっても、その願望には執着せずに、宇宙や神を信頼して手放すのが一番です。

瞑想をはじめたころは、僕も瞑想中に様々な願望の想念をもっていましたが、途中から願望をもちながら瞑想することは全くなくなりました。

そのあたりの経緯を以下に書きます。



僕が瞑想をはじめたのは、ほんの5ヶ月ほど前(2013年10月)からです。

このブログでも何度も書いていますが、僕は5ヶ月前にうつ病(不安障害)になりました。

本当に毎日が苦しくて、未来に希望を見いだせなくて、でもなんとかそこから這い上がりたい、救われたい… と思っていました。

そしてその状況から救われたい一心で、精神世界の本を読みあさることになるのですが、ほとんどすべての本で覚者たちは、瞑想の重要性について説いていました。
(後になってわかったことですが、僕が読んだ本はほとんど全てがアドヴァイタ系?のものばかりでした。ラマナ・マハルシ、OSHO、エックハルト・トール、アジャシャンティ、ガンガジ、ヘルメス・J・シャンブ、阿部敏郎などなど…)

うつになるまでは瞑想に興味はほとんどありませんでした。

筋トレとかストイックなことが好きなので、その延長線上として座禅とかしてみたいなあ…なんて思ったことがあったぐらいでした。

でも、欝になって、自分の力ではもうどうすることもできなくて、最終的には苦悩から解放されるためには〝悟り〟を開くしかない… と思うようになりました。

そして、瞑想は悟りに近づくためには最も有効な方法だということもわかりました。

そして、僕はうつで、休職中で、外に出る元気もなかったので、三ヶ月間の間ほとんど毎日、朝から晩まで、瞑想と読書をひたすら繰り返していました。

瞑想の場所はほとんどがベランダでした。

マンションの3階だったのですが、見晴らしがよく、朝日も夕日も見ることができました。

流れ行く雲を見ながら、太陽の光を浴びながら、風景を見つめながら、あるいは目を閉じた状態で瞑想をしていました。

瞑想の極致は〝空〟になることにあります。

ただ、僕の場合はどれだけ瞑想しても、とても〝空〟の状態になど達することは出来ませんでした。

瞑想をしても、僕のマインドのおしゃべりは止まらず、思考は次から次へとわきおこってきます。

思考が出てきても気にしなくていい。その場合は思考を観察すればよい。

と、いくつかの本で書かれていました。

また、その思考に気づき観察しているものがあなたの本質であり、真我だ。
その観察しているもの(真我)と観察されているもの(自我)の違いを知りなさい。

そして観察しているもの(真我)で在りなさい

というようなことも書かれていました。

上記のことは、理屈では理解できるのですが、当時の僕は混乱していたので、確かに「あっ、今また思考が起こっている」と気づいている自分がいるのですが、そういう風に気づいている自分もまた思考なのではないか????? というような疑問が起こってきて、結局すべては僕の自我・エゴ・マインドの声なのではないか??? というように思ったりして

瞑想すればするほど、迷走しているような気分でした…(*_*;

メンターにそのことを相談したところ、

「ただ何も考えずにひらすらゆったりとした気分でくつろいだらいい」

「思考が起こっても気にせずにただ観察したらいい」

とアドバイスをもらいました。

そして、いつも言われていたのは

「ただ〝在る〟で在りなさい」

という言葉でした。

でも、39年間自我だけで生きてきた僕にとって、ただ〝在る〟こと、〝真我で在る〟ことはたいへん困難なことでした。

〝在る〟ということは、イコール〝悟り〟状態でもあるので、なかなか僕のような自我人間には、その感覚がつかめませんでした。

また、その頃メンターに相談をする中で、今後の人生のこととか、いろんなことを相談する中で僕の考え方を変えるメッセージをもらいました。

それは

幸せになりたい… とか元気になりたい… とか裕福になりたい…

と、何かを求めたり、引き寄せるように考えるよりも

全く問題のない自分

全く問題のない人間関係

全く問題のない仕事(収入も)

全く問題のない健康

という意識をもって、そこにフォーカスして感謝するのが一番

という考え方でした。

僕は引寄せの法則で経済的にも人間関係でも成功した体験があったので、それまでは、幸せな状況を想像して、それをあたかも実現したかのように思って引き寄せようとする傾向がありました。

でも、
何かを引き寄せるということは、
何かを求めるということであり、
求めることを続けている限り、
完全に満たされることはない… 
ということに気付かされて、
この事実は僕の大きなターニングポイントとなりました。

それよりも、全く問題がないと思って、あるがままを感謝して生きるほうが楽だし、逆にそのほうがよりより現実を結果的に引き寄せることになるということを理解することができました。

瞑想とか悟りということに関しても、何かを求める気持ちはだんだんと溶けてなくなり、

瞑想できなくてもいい… 悟れなくてもかまわない…

と、現実のありのままを受け入れ、何事にもニュートラルな気持ちで対応できるようになってきました。



瞑想のコツというテーマで今日は書いてますが、僕の瞑想のコツとしては、

瞑想状態を求めない… 

というのが瞑想のコツになります。

阿部敏郎さんと雲黒斎さんの阿雲の呼吸で行った集団瞑想の時に、阿部さんから
「瞑想状態に入ることを望まなくてもいい、雑念が起こってもいい」
というようなアドバイスがあり、その時僕はもう何も期待せず、ただあるがままに瞑想に取り組みました。

いっぱい雑念が起こってきましたが、それもよし… なんて思いながら、求める気持ちを一切もたずに、ただニュートラルな気持ちで瞑想を続けていました。

すると、突然ストンと瞑想状態に入ることがはじめてできました。

それは何とも不思議な体験でした。

その日以来、僕は瞑想する時には、瞑想状態に入ることを求めずに、ただゆったりとくつろいで瞑想をするようになりました。

今でも、瞑想中に雑念はいっぱいおこってきます。でも、気にせずに続けていると、ふっと瞑想状態に入れるようになってきました。

また瞑想にはいろんな姿勢があり、座禅スタイルが一般的ですが、僕は最近では床に大の字になって瞑想CDを聴きながら瞑想することが多いです。

寝ているような覚醒しているような、その中間にあるような感じで瞑想に入りやすいです。

瞑想には絶対コレ! という決まりはないし、それぞれが一番リラックスしやすいスタイルで取り組むのがいいと思います。


編集後記(日記)
今日、ベッドが届きました。結婚して11年、ずっと布団生活だったので、今日からベッドで寝れると思うとちょっとテンションが上がります^^

布団も好きなのですが、ベッドで寝たい… という願望は僕たち夫婦にはずっとありましたが、今まではずっと賃貸のマンションやアパートだったため、間取り的にベッドを置くことができませんでした。こ
のたび一軒家を買ったことにより、時間はかかりましたが、ベッドで寝る生活を現実化することができました。
心から望むものはいつか必ず形になって現実化するということをまた実感しました。

今日は、全く問題がない自分… ということにフォーカスすることを書きましたが、引き寄せの法則も宇宙には厳然として存在する法則なので、その両方をうまく活用して、よりよい生活をしていきたいと思っています。


僕が今よんでいる本

今日もアジャシャンティさんの「大いなる恩寵に包まれて」をじっくりと読んでいます。僕は本を読むスピードはかなり早いほうだと思いますが、この本は読み進むのにすごく時間がかかります。エックハルト・トールさんの「悟りを開くと人生はシンプルで楽になる」を読むのにもすごく時間がかかったのですが、その時と同じ感覚です。
内容がめちゃくちゃ深いので、どうしても読むのに時間がかかる感じです。
全ページに新しい発見と気づきがあります。



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3 件のコメント:

ヒロ東京 さんのコメント...

昨日,「手放す」ことが何となく分かりました。
願望を手放し,夢を手放し,自分の理想とする姿を手放しました。

いちばん大きかったのは,今まで「自分は人よりどこか優れているはずだ」というプライドでした。
今までは誰に会っても,「自分はこの人より優れているはずだ。」という気持ちが心のどこかにあり,人より上でなければならないという意識が確かにありました。
それらをすべて手放し,人も自分も同じなのだと思ったら,ずいぶん気が楽になりました。
午後の仕事もうまくいきました。

瞑想については,今日のブログを読ませていただて,ふと感じることがありました。

今までは,「瞑想状態に入らなければいけない」という強迫観念のようなものがどこかにあったと思います。
これからは,「瞑想状態に入れても入れなくてもいい。ゆったりと瞑想しよう」と思います。

「悟れても悟れなくてもいい」とも思えるようになってきました(とはいえ,やはり「悟りたい」という気持ちは心の奥底にしっかりとあるようですが^^)

「あるがままを受け入れる」というのは,なかなか難しいですね。
朝起きた時の不安感・恐怖感は,「早く無くさないといけない!」という切羽詰まった対応をしてしまいます。
不安感・恐怖感も,あるがままに受け入れられるようになるといいのですが…。

いずれにせよ,今の苦しい状態は,私が神とつながる縁になるかもしれないと解釈しています。

どうもありがとうございました。

ヒロ東京 拝

akira さんのコメント...

あゆむさん、はじめまして。
あきらと言います。

私も、今年初めに強烈な不安感を経験してその不安を拭い去ろうと2ヶ月頑張っていましてたが、とうとう3月初めにエネルギー切れの中程度うつになってしまいました。

そして、今日あゆむさんのブログに出会えて年代と内容がとても自分に近いと思い、おもわずコメントを書き込んでいました。

今、瞑想・ヨガ・座禅・いろいろと試していますが、最近よくわからなくなってきていました。でも、あゆむさんの「手放す」という言葉には心が動きました。

特に「逆説的ですが、この何かを得たい、何も失いたくないという自我を捨てることによって、私たちのハートは開き、神性に目覚め、人生で得たいものを得れるようになってきます。

欝病も、うつ病でもかまわない… と開き直ってはじめて快方へと向かいます。」
という言葉には非常に心が軽くなりました。

素敵なブログに出会わせてもらえたことに、とても感謝しています。
ありがとうございましたm(_ _)m

あゆむ さんのコメント...

あきらさんへ

ブログ運営者のあゆむです。
コメントありがとうございます。

3月はじめに中程度のうつになられたとのこと、その後の調子はどうですか?

僕と年代が近く、症状も近いとのことですが、40歳前後というのは、僕のまわりを見ていても、うつとか、なんらかの心配や不安状態に陥ることが多いようです。

このブログでも何度か書いてますが、うつは誰にでも起こることです。また、うつになったことで、本当の人生の意味を知り、よりよい人生を歩めるようになることも多々あり、ある意味チャンスでもあります。

不安を恐れたり、抵抗すると、もっと不安に捕らわれてしまいます。

不安を感じている自分、といってもそれは本当の自分ではなく自分の中のエゴ・マインドが不安を感じているのですが、そんな自分を許してあげて、ありのままの自分を受け止めてあげてください。

不安な状態でも別に構わないんだ… と思いはじめると、不安は必ず消える方向に進みます。

瞑想もヨガも座禅も、たいへん結構なことだと思います。

そういう時は、過去のことも、未来のことも考えずに、ただ〝いまここ〟に在るようにしてください。

あきらさんの中の神さま・真我を信じてあげてください。

必ず嵐は過ぎ去るし、より良い人生がまっています。

あゆむ 拝
(・∀・)