2015年5月29日金曜日

スピリチュアル・ティーチャー

スピリチュアルティーチャーイルカ


久しぶりの更新になります。

今日は昨日の出来事を簡潔に書きますね。

昨日、突発的に京都水族館に行きました。

京都水族館


京都水族館に行くのはこれで2回目です。

初めて行ったのは二年近く前で、僕がまだ欝状態の時でした。

少しずつ欝はよくなりつつありましたが、まだまだ多くの不安でいっぱいの時でした。

そんな精神状態の時に、僕は京都水族館でイルカショーを見たのですが、その時に自分でもうまく説明できないのですが、平たく言うと、すごく感動したというか、心がものすごく癒やされたのです。

もともとイルカが大好きというのもありますが、ショーが終わってからも、水槽で自由に泳ぐイルカをしばらく見続けて、そこから動きたくないような気持ちになりました。


そして、昨日のことですが、昨日は本当にたまたま梅小路公園(京都駅近くのSLの展示で有名なところ)に行って、その公園の一角にある京都水族館に行きました。

そして、オオサンショウウオにしばり見入り

アシカやアザラシを間近に見て

ゴマフアザラシ京都水族館


大好きなクラゲの水槽前で動けなくなり

クラゲ京都水族館


そして、最後にイルカショーを見に行きました。

イルカショー京都水族館


京都水族館は新しい水族館ということもあるのでしょうか… ここのイルカショーは今までに見た神戸の須磨水族館とか、新潟の直江津の水族館のイルカショーに比べると、イルカの芸としてのクオリティーはけっこう低いんですね…

イルカくんたちもまだ勉強中みたいな感じだし、4人のトレーナーさんたちもみんな若い女性でまだまだ修行中… みたいな雰囲気なんです。

でも、僕はなんというか、その〝ゆるい〟感じがすごく好きなんです。

現にイルカ君たちは、かっこいいいジャンプを決めたり、音楽に合わせて鳴き声を出したりと、がんばっているんですが、時々トレーナーの命令を無視して、演技?の途中で引き返す… ということも何度かありました。

そんな中で、トレーナーさんがこんなことを言ったんですね…

「私たちトレーナーは日々トレーニングをして、このイルカショーではミスなくイルカたちに演技をしてほしいと必死になっています…

でも、イルカたちは違うんです。

イルカ達にとっては、このショーも遊びの一つで、〝いまここ〟で楽しいと思うからジャンプしてくれたりするんです。

でも、この遊びは飽きた、今はしたくない… と思ったら、演技をしません。

なので、私たちもイルカたちを飽きさせないように、今いっしょに楽しもう! という気持ちでやっています…」

というようなことを言いました。

そのトレーナーさんの言葉が妙に深く僕の心に入ってきました。

たしかにイルカを観ていると、本当に自由というか、ものすごくかしこいし、人間が観ている… ということも自覚はしているんでしょうが、確かに〝いまここ〟だけに生きているように見えました。

飛びたいから飛ぶぜ! とは思ってるでしょうが

ジャンプ失敗したらどうしよう… 
というような未来への不安
とか

昨日のジャンプ失敗しちゃったな… ああ… やっちゃった…
なんて、過去の後悔を引きずったりしているようには見えません。

確かにイルカたちは〝いまここ〟だけに生きているように見えました。

それは、イルカに限らず、ペンギンもアザラシもタコもクラゲも、この水族館に生きる生きものたちは全員、いまここだけに生きているなあ…
と思いました。

この感覚は昨日に限らず毎日あって、

庭に飛んできて何かをついばんでいる雀とか

バイクにのっている時に、目の前の空を横切って飛ぶ鷺とか

何か生きものを見るたびに

ああ、彼らはいまここだけに生きているなあ…

という感覚が起こってきます。

やっぱり人間だけが、いまここに生きてなくて
ずっと明日や性来への不安
過去の失敗
に縛られていて、
今を生きる
人生を楽しむ… 
という感覚がないことがデフォルトになっているだと思います。

不安があるのが当たり前、心配事があるのが当たり前になっていて
麻痺状態になっているというか…

なので、いまここに生きる… ということに関しては、人間以外の動物たちのほうがはるかに達人で(というか、それが自然なこと)、イルカを観ていると、言葉では何も語らないし、彼らは難しい理屈や理論など全く知らないと思いますが、全身を使ってどの瞬間も〝いまここ〟に生きるということを体現しています。

何十冊ものスピ本を読んでもなかなか理解できないことでも、イルカを半日観ていたら、理解できる…、そんな風に考えるとイルカというのは本当に素晴らしいスピリチュアル・ティーチャーなんだな…と思います。


イルカと触れ合うことで自閉症の子供が元気になる… 欝が改善する… ということがはっきりしてきたので、イルカセラピーなるものが、静かなブームになっているようですが、確かに彼らにはそんな力があるように思います。

もし、あなたが何かに悩んでいたり、心がすこししんどいのであれば、イルカを観に行けば、すこし元気になれる! かもしれませんよ。(^^)



編集後期

イルカくんたちは〝いまここ〟に常に生きています。
あなたは〝いまここ〟に生きていますか?

確かに私たちの人生には常に困難や悩みが尽きませんが

本当に〝いまここ〟の瞬間
まさに
right here right now
何か問題があるでしょうか?

問題は全くありません!

歯が死ぬほどイタイ… 的な肉体的な痛みがある場合には話は別になりますが、
精神的なこと、心に関することにおいては
〝いまここ〟の瞬間には全く問題がありません。

お金の心配
人間関係の悩み
その他もろもろ…

すべて、人間の自我が勝手にこしらえた
未来や過去のストーリーの中で
自分の手で自分を苦しめているだけです。

いまここに全く問題がない… のであれば、
その状態でいる限り一生問題はない… ということです。

問題というのは、僕たちの心が〝いまここ〟から離れた瞬間に発生するのです。

中には、一生ほとんどの間、〝いまここ〟にいないまま、未来や過去の心配ばかりしてそのまま墓場に行く人も大勢います。

それじゃあ人生がもったいないと思いませんか?

と、なんか偉そうなことを書いてますが、僕はというと
あいかわらずの日常で、いまここから離れてばかりです…(滝汗)。

気がつけば心は一瞬で、心配の種をつかもう、つかもうとしています。

心配事を持つというのは、肉体を持つ人間、エゴを持つ人間ならではなので、それは仕方ないことだ! と開き直ったりしながらも、意識して〝いまここ〟に戻れば、やっぱり何も問題はない… という事実があります。

今でもスピ系の本はいろいろ読んではいますが、
もう理屈はいいかな… と少し食傷気味なところもあります。

それよりも、とにかく
人生を楽しむ!
あるがままに生きる
が最近のテーマになってます。

なぜそんな風に考えるようになったのか? については
次回の投稿で書きます。

ちょっとだけ予告しておくと
最近一番話題の、この本を読んだことで、
いろいろと思うところがあったんです。


まだ自分の中で消化しきれてない部分もあるのですが
次回投稿で、思ったままのことを書きます。
(・∀・)

PS
更新していないのに、その間にもたくさんのコメントをいただきました。
本当にありがとうございます。
まだ返事できてませんが、どこかのタイミングで必ず応えたいと思います。


おすすめの本

賢者テラ… という名前にやや引いてたけど…
内容は素晴らしかったし、賢者テラというネーミングに対しても理解することができました。
スピ系の本にはある種の堅苦しさがありますが、
これはその対極にある本です。
すごく読みやすいので、半日でサラッと読めると思います。
(次回の投稿でこの本についても、僕が感じたことを書きます)

本日の記事の内容を世の中にシェアしたいと思ったら
 クリックしてください٩(๑❛ᴗ❛๑)۶ 
 ↓

 ↓


最近書いた記事





























※これより以前の記事は下記リンクから読めます。


このブログの過去記事・バックナンバーはこちら


2015年4月9日木曜日

人生における究極の選択、そしてパニック障害を克服する方法。

人生における究極の選択、そしてパニック障害を克服する方法。


昨日の記事(ふわふわ)にコメントをいただきました。

コメント欄から直接返信しようと書いていたのですが、コメント欄に投稿するには長すぎる内容になってしまったので、記事として投稿することにしました。

コメントを下さったなつみさんに向けて書いた返信ですが、あなたにも何かの参考になれば幸いです。

以下、なつみさんへの返信


なつみさん… 久しぶりの投稿に、下記コメントありがとうございました。

あゆむさん初めまして。
久しぶりのブログ更新とても嬉しいです。



詳しい診断は聞かされていないのですが、私もパニック障害の様な感じで現在数ヶ月通院しています。


寝ても覚めても恐怖を感じる中であゆむさんのブログにたどり着き、優しい言葉のひとつひとつにたくさんの安心と勇気をもらいました。本当にありがとうございます。



お仕事お忙しいと思いますが、またブログが更新されることを楽しみに待ってます。

こんなことを言われると

久しぶりのブログ更新とても嬉しいです。
優しい言葉のひとつひとつにたくさんの安心と勇気をもらいました。

僕も本当に嬉しいです。
もうちょっとマメに更新していこう! という原動力になります。

パニック障害のような感じ… たいへんですね。

その辛さ、しんどさ、本当によくわかります。

ですが、きっとなつみさんには、いま善きことが起こっているのだと思います。

今の社会にストレスが多いのは事実だし、そういう中で

真面目な人
優しい人
頑張り屋さんな人

そういった人たちは、欝とかパニック障害とかに
なりやすいと思います。

この世は素晴らしい世界なのですが、同時に実際には強烈な競争社会でもあり、自然災害や経済問題など、未来を心配せざるを得ないような面があるのも事実です。

そんな世の中で上手く立ち回っていくために、人は自己啓発やスキルアップに取り組みます。

あるいは宗教に救いを求めます。

僕もそうでした。

そういったことで、一時的には問題を乗り越えたり、救われたりもしますが、根っ子にある
不安、心配、恐怖を完全に消すことは不可能です。

最終的には神(真我)に帰るしか、根本的に問題を解決することはできないのです。

だから、現在のスピリチュアルブームがあるのだと思います。

ただスピリチュアルは結構なことですが、そこにも危険性があります。

エゴはどこまでも巧妙なんです。

例えばAさんのエゴは…
この競争社会で出世して、金を儲けて、人の上にたちたい… 
というエゴがあります。

程度の差はあれ、誰もが人に認められたいし、そのためには処世術にも長けていきます。

ただ、心の優しい人とか、処世術な苦手な人も世の中にはたくさんいます。

いろいろと我慢して、それでも人として正直に生きていこうとしている人がいます。

こういう人は、自分がパンパンになるまで、我慢してがんばります。

でもそれが限界に達した時に、欝とかパニック障害を発症するのです。

これはもう、身体からの、そして心からのSOSサインということです。


そして、そういう状態になってはじめて、人は精神世界に興味をもったり、救いを求めたりするようになります(ここからが真我探求のスタート)。

だから、パニック障害とか、そういう状況になるのはしんどいことだけど、長い人生でみたら、
あるいは、死後も含めた永遠という魂のスパンで考えたら、
本当の自分に帰るチャンスがやっとやってきた… ともいえます。

あなたの準備が整ったから、それがやってきたのです。
(つまり… 神の恩寵のはじまり です!)

順風満帆でビジネスをバリバリにやっているビジネスマンとかであれば
「7つの習慣」は読むことがあっても



「ニューアース」を手にとる可能性は限りなくゼロに近いと思います。
(7つの習慣も良書です。僕は三回以上呼んでます…)



しかし、そういうビジネスバリバリの人もかならず、どこかで壁にぶち当ります。

昨日までの最先端企業が明日には倒産… ということは毎日のように世界で起きています。

成功していて、お金はあっても、家族の心はバラバラ… とか、
有名人だけどクスリに溺れる… とか、

それに自分や家族の怪我、病気、死… などはコントロールすることができません。

エゴと一体化して生きている限り、必ずどこかの段階で
恐怖や不安や悲しみに直面することになります。


でも、僕はそうなってしまうことが悲劇だとは思いません。
人は誰でも神です。
ただ、自分が神であるということを忘れてしまっています。
自分ではどうしようもない問題に直面したということは
自分が神であることを思い出すためのイベントなのです。

しかも、そのシナリオは神であるあなたが書いたものなのです。
(たとえ困難なシナリオであっても)



なので、欝もパニック障害も恩寵のはじまりなんですが
スピリチュアルの扉を開くとそこには

悟り…
とか
覚醒… 
とか
アセンション…
とか
チャネリング…
とか
ハイヤーセルフ…
とか
チャクラの開発…

的なフレーズがたくさんあります。

そういった本を読んだり、セミナーに参加しはじめると

私も悟りたい! 次元上昇したい!

的な願いとか、欲みたいなものが出てきます。

Aさんのエゴは人を出し抜いてでも、富と地位を築く… というエゴでしたが、
Bさんのエゴは、スピチュアルエゴで、奇跡体験や精神性の高さの獲得を求めるエゴです。

Bさんには、エゴにまみれた世の中は悪で、スピリチュアルな私は善だ!

的なモノサシができてきます。

もっと清らかになるために… と
あるいは奇跡体験を求めて
超常現象や覚醒体験を求めて
パワースポットめぐりをはじめたり
高額なセミナーに参加したり…

でも、これって、処世術で世の中の上に立つ! というエゴが
悟りを開いて、精神的に優位に立つ! というエゴにすり替わっただけ… という。

しかも、金儲けに走るエゴは、実は心の底では、ゼニカネだけに走っている自分は間違っているかも… という心配がどこかにあったりしますが、

スピリチュアルに走ってしまった場合、絶対に自分は正しい(世の中が間違っている)と思っているので、自分を省みるということがありません。

これってヤバイです。

頼まれてもいないのに、人にスピリチュアルなアドバイスをしたり… 
迷惑な人になっていることに自覚がありません。


僕もひたすら〝悟りたい…〟と思っていた時期がありました。
目覚めたかも! という勘違いをしていた時期もありました…
(そんなテイストの過去記事があります…(滝汗))
ただ、元来が小心者で控えめな性格? だったために、途中で安全弁が働いて、
振り子がスピリチュアルに振り切れてヤバイ世界に突入…
ということにはなりませんでした。

〝バランス感覚〟 
 という言葉が好きな僕ですから…
 (๑• ̀д•́ )✧+°ドヤッ


今はあまり何も考えてません。

昨日書きましたが、ふわふわ… な世界で生きています。

同時に、毎日働いて、本を呼んで、子どもと遊んで
友達と飲んで、時々ランニングをして…
gleeのDVDを見て、モンハンをして、ネットサーフィンをして…
リアルな世界で
自分に出来ることを、あまり肩肘をはらずにがんばっています。

※注
なつみさんへの返信のつもりが、書いているうちにいつもの万人に向けた記事執筆のような感じになってきました… なつみさんごめんなさい…(^_^;)

とにかく言いたいのは
パニック障害とか、欝とか、本当にたいへんだけど
必ず治ります。

僕は医者でもないし、長年そういった症状が改善せずに苦しんでいる人がいることも知っています。

友人・知人で今現在も
欝とかパニック障害をもっている人もいます。

なので、欝は治るよ! とか簡単に気軽には言えないし、当人には深刻な問題なので、伝え方って難しいし、実際には何も言えないです。

ただ、その人に寄り添って、話しを聞くだけです。

本質に帰る、真我に帰るということは、あくまで自発的なことであって、第三者がそれを無理強いすることはできません。

でも、誰もがそういう究極の選択の時をいつか迎えます。

偽物の自分
エゴのままで生きるか
それとも
本当の自分
神として生きるか

という選択です。


神としてこの世に生まれた僕たちですが(赤ちゃんの純粋無垢さを見ればわかる)
残念なことに、僕たちを育ててくれた親は、もちろん愛情深く育ててはくれるんですが、
悲しいかな、親も厳しい社会の中で育ってきたので、やっぱりエゴで生きているんです。
学校の先生も会社の上司もエゴで生きているんです。(神として生きている人、あるいはそれに近い人… という人ももちろんいます)

でも神である自分が計画したシナリオによって
人生のどこかの段階で
何かが違う…
と立ち止まり
宇宙の真実を知り
本当の自分、神へと帰ります。


悟り… というとどうしても崇高すぎる… というか、
自分なんかに… という面があると思います。

以前、書きましたが、実は悟りよりももっとすごい
神人合一(しんじんごういつ)
という世界があるのですが、
僕には、そっちのほうがしっくりきます。

それは決して難しいことでなくて、
僕も神だし、あなたも神です。
そして、神なんだから、神として生きよう!
という選択であり態度です。

別に聖人君子になる必要もなくて、
ただ、神として宇宙を信頼して安心して生きていけばいいんです。

これは誰にもで出来ることです。


ただ魂と同時に肉体を持つ人間には
神にもなれれば、悪魔にもなれる… というのも事実です。

神に帰らずに、エゴのまま死を迎える人がいるのも事実です。

神として生きるか?
or
人して生きるか?

言い換えれば

真我の自分で生きるか?
or
エゴの自分で生きるか?

真我コースとエゴコース…
どちらを選択するかは私たちの自由です。



ただ、僕はあなたには絶対に
真我コース
をおすすめします。( ・`ω・´)キリッ


エゴコースには、一時的な快楽や、成功、勝利、利益
などもありますが、きわめて危うい砂上の楼閣です。

そして、それらの利益を得るためには、きつい山坂を登り続けなければなりません。

また、心配や不安が尽きることはありません。

元気なうちはいいですが、破産したり、病気になったり…
死が近づくほどに恐怖は増幅します。


真我コースでは…
もう、不安も恐怖もありません。
自分が神であることを知っています。
宇宙を信頼しきっています。
だから、不安も恐怖も世界に存在しません。

人生は川下りのようなもので、神の宇宙の流れにのって
安心して、ゆうゆうと生きることができます。

もちろん川下りの途中には激流もあるかもしれません、
人生においては、身内の病や死など避けれないこともあるからです。

でも、それによって、振り回されることはありません。

なぜなら人生も宇宙も
必要なことが最適なタイミングで起こっていることを知っているからです。

自分の〝死すらもです。


なので、自分の生き死にすら思い悩むことはありません。

他人の評価や目も、もう興味がありません。

どこまでも自分を大切に(もちろん人も大切に)
自由にあるがままに生きていいんです。

宇宙を信頼し、神を信頼し、
神として、日々感謝しながら、楽しんで生きていくことができるのです。




最後に再び、なつみさん、そしてパニック障害に悩む人に
パニック障害を乗り越えるための具体的なテクニック
をお伝えします。

パニック障害の根っ子にあるものって

死の恐怖

だと、僕は思っています。


僕が最初にパニック障害を発症したのは
30歳ぐらいの時で
それは山形へ向う小型プロベラ飛行機の中で起こりました。

それまでにも
海外には行ったことがあり、飛行機といえば
お酒を飲みながら映画を見て
窓際であれば、雲の上の世界を見て
めっちゃ楽しいやん!
って、僕は思ってました。

そんな僕ですが、山形へ向う時に、突然パニックになったのです。

すごく小さなプロベラの飛行機で乗る前からちょっと不安な気持ちがありました。

こんな飛行機でした…

小型プロペラ飛行機パニック障害













そして、席について、いよいよ離陸… という直前に
急に不安がピークに達して
心臓がバクバクして
呼吸が止まりそうになって
目の前にいたキャビンアテンダントさんに大声で
「飛行機とめて〜! 降ろしてください!」
と叫びそうになりました(もちろん実際には声に出さなかったが…)

そして、飛行機が飛び立ってからも、脂汗が吹き出して、
めまいで気を失いそうでした…

ただ、30分ぐらい過ぎたら、徐々に気持ちが落ち着いて、パニック状態は終わりました。

帰りの飛行機も心配だな…

と思っていたのですが、帰りはパニックにはなりませんでした。

今日、思い出したのですが、僕は実は以前にも同じタイプの小型プロペラ飛行機に載ったことがありました。

その時からさらに2年ぐらい前に奄美大島に行くときに、小型プロベラ飛行機に乗ったのです。

ただ、その時は台風が近づいている時で、今日はフライトできないかも… みたい案内があって、空港で何時間も待たされました。

そして、何時間が遅れて、結局フライトできたのですが、天候が荒れていたので、
飛行機がめちゃくちゃ揺れたのです…
窓から見えるプロペラのついた飛行機の羽がぐわんぐわんと今にも折れるんじゃないか!?
と思えるぐらいでした。
死ぬかも… と恐怖を覚えました。

僕が山形行きの出発前にパニックになったのは、きっとその時の恐怖・トラウマが、同型の飛行機の羽とプロペラを見たことによって、パニックのスイッチがオンになったのだと思います。

落ちたら死ぬ… という死への恐怖
それがパニック障害の根っ子だったと…


この30歳で人生初のパニック障害を発症してから、僕はその後の人生はちょっと困ったことが時々起こるようになりました。

その後…

ジャンボジェットに乗る時でも出発前と飛行機の中でパニックになった…

ウランバートルの喧騒の中で、パニックになった…

観覧車の中でパニックになった…

事故の影響で閉じ込められた電車の中でパニックになった…

ただ、この時は、普段の生活は元気そのもので、特定のシチュエーションでランダムに起きるパニック障害でした。

でも、一年半前のうつ状態の時には
普通の電車の中でパニック障害
電車に乗る前にパニック障害
電車に乗れずに駅のホームで1時間…パニック状態、結局電車には乗れず…
クルマの運転中にパニック障害…

と、かなりひどい状況にまでなりました。

シチュエーションはいろいろありますが、症状はいつもほとんど同じです。

心臓がドキドキして
頭がぐらぐらめまいがして
吐き気がして
呼吸が困難になります

そして、いつも
やばい… このまま死んでしまうかも…
と思って、さらにパニックになります。

心臓が止まるかも? 息が止まるかも?

って、本当にそんな気がするのです。
まさにパニックです。



前置きが長くなったけど、
じゃあどうやってパニック障害に対処したらいいのか?

それは






死んでもいい
(*・∀-)b

と思うことです。


死ぬかもしれない! という不安・恐怖が
さらなるパニックを生みます。
死の恐怖こそが、パニック障害の原因であり
一番の根っ子なのです。

なので、それに対処するには

死んでも構わん!
(*・∀-)b

開き直ることが一番の対処方法なのです。


宇宙を信頼している僕ですが、欝が治った後でも、
乗り物に乗る時は、当初はやっぱり緊張しました。
そして、電車内でパニック障害がはじまるあのイヤな感覚が湧いてきた時もありました。

でも、その時には、
僕は神として生きると決めていたので
僕は死を恐れないようになってました。

僕の役目がこの世にあるあいだは死なないだろうと
死にたくても死ねないだろうと…

役目を終えた時に死ぬんだろうと…
その時には生きたくても死ぬんだろうと…

そう思っていたので、

「いやいや… 今、この電車の中で役目を終えるってことはないやろう!」
(ノ´∀`*)イヤイヤ

と心の中で軽くツッコミながら
今、死ぬわけがない!
てか、
100歩ゆずって、今が死に時だとしたら、
それが僕の決められたシナリオであるなら
別に
死んでも構わん!
(*・∀-)b

と心の中で思いました。

するとパニックになりかけていたココロは急速に落ち着いて何事もなく無事に目的地につきました。

これは、効果てきめんだと思いますので、ぜひお試しください。


でもね、本当に大丈夫ですよ! パニック障害を発症すると
死ぬかもしれない! とパニックになりますが
パニック障害で本当に死んだ話って聞いたことありません!

あとは、今現在の僕は、もうパニック障害は全く発症しません。
(パニック障害は完治するということです)
(もし再発したらゴメンなさい…(´・人・`)



そして僕は本心から、
死ぬ時は死ぬ時、
いつ死んでもかまわない

って思ってます。

でも、まだまだ死なないだろうな… とも同時に思っています。

まだ子どももちいちゃいし、奥さんといろんなとこに行きたいし、
もっと世界を見て、いろんな人と出会って…
だから元気に長生きしたい! とも思っています。

ただ、起こるべきことが
起こるべき時に起きるのが人生です。
(死も含めて)
でも、受け身だけじゃなくて
自分で何かを起こすことができるのも人生です。
(ここ大事!)

真我コースを選んで
宇宙を信頼して、
神である自分を信頼して
自分がやりたいことをやって
自分が生きたいように生きて
HAPPYに生きていきましょう!

あゆむ 拝
(・∀・)




編集後期

今日は記事を更新するつもりは全くなかったんだけど、
事務所について、メールを開いたら、なつみさんからのコメントが目に入って
コメント欄からサラッと返信しようと書きはじめたのですが、
途中でこれ長すぎない!?
と思って、記事として書くことにしました。

あくまでなつみさんにあてて書いていたのですが、記事投稿欄で書いていると
いつのまにか、いつもの記事更新モードになってしまって
話しが膨らんでしまいました…

でも、パニック障害にしても、鬱病にしても
僕はメンタルクリニックにも通ったし、クスリも飲んだけど
全然治らなかった(睡眠薬だけは役だった)。

でも、神として生きよう!
と選択してからは
物事は本当に早かった。
急速に欝は治まり、パニック障害にもならなくなった。

なので、やっぱり僕としては、
根本的に乗り越えるためには
神として生きる
真我に帰る
って、ことを選択するしかないと思う。

悟りを開きなさい…
と言われると、難しい気がするけど、
神として生きる
真我に帰る
ってことは、別に難しいことではなくて、

つまりは宇宙と、神である自分を信頼する

というだけのことです。

そして、神として生きることを選択しても
その後、やっぱりいろいろあります。

ショックを受けたり、傷ついたり… 心配をしたり…
とかもあります。

そりゃそうですって!
人間だもの!w

私は悟りました…
宇宙は私の思いのままであり、
もう苦悩は一切ありません…

という人間は、僕は少し信用できないです。

身内の死は悲しめばいいし(悲しいにきまっている)
面と向かって「お前のことが大嫌い! 死ね!」
と言われてニコニコするのは嘘だと思う。

喜怒哀楽や感情は神が与えてくれたものであり
それコミで、僕らは神なんです。

無理なく、自然に、感謝して生きていくだけでいいと思う。
ふわふわと… あるがままにね!


PS
神として生きても
いろんなことは起きる…
と書いたし、実際にそうだと思います。

でも、でもです!
実際には、ほとんどいいことしか起こらないようになる… 
というのが僕の実感です。

実際に、神として生きることを選択して
1年と少したちましたが、
そう選択してから
僕には一度もイヤな事は起きていません。

一つもです。

逆に

嬉しいな、ありがたいないな、ラッキーだな!
とうことは、たくさん起きています。

心配はほとんどないし
イヤな人とも合わないし
逆に好きな人、会いたい人にだけ会えます。

ストレスもないし、無理というものがありません。

ということで、やっぱり
真我コースをオススメします。
(・∀・)


おすすめの本

アジャさんはスゴイ…




本日の記事の内容を世の中にシェアしたいと思ったら
 クリックしてください٩(๑❛ᴗ❛๑)۶ 
 ↓

 ↓


最近書いた記事





























※これより以前の記事は下記リンクから読めます。


このブログの過去記事・バックナンバーはこちら



2015年4月8日水曜日

ふわふわ

ふわふわ


前回の更新が1月14日だったので、三ヶ月以上も更新してませんでした。

その間、何度か記事を書こう… と思いつつも何故か書けなかったというか、書かなかった。

今日は本当にきまぐれで書きます。特にテーマはありません。(^_^;)



今から一年と半年ほど前に、欝になったり、仕事をやめたりして、すごく苦しい時期がありました。

布団から出られず、ドアから出られず、食事も喉を通らず、タバコすら吸えない(風邪でも吸う僕には考えらない!)ような状態でした。

子どももかなり心配していて、子どもなりに僕に気を使ってくれているのがわかったし、優しく接してくれると、それが本当に申し訳ないような、なんともいえない気分で…

以前の僕は、毎日こどもと身体を使って全力で遊んでいたので、なんとか子どもには心配かけまい… とカラ元気の一つでも出したい! と思うのですが、まったく身体もココロも自分のいうことをききませんでした…(というか、それは今振り返ってそう思うのかもしれない。当時はそもそもそんなことを考える余裕なんて全くなかった)

奧さんには本当に感謝をしてます。

僕がダメダメだった時に、

「あなたが働けないなら、私がその間、家族を支える」

的なことをいってくれたことは、本当にありがたかった(元気になった今、当時のことをチクチク文句を言われることもありますが…)。


何もできないし、何もしたくない…
でもどうにかそこから抜け出したい… 
という想いはもっていました。



当時の僕を救ってくれたのはメンターさんからの電話と精神世界の本でした。


それまで僕は神道の信仰観で生きてきたので、

ワンネス

とか、

さとり

とか、

はじめて知る内容に頭もココロも揺さぶられました。

素直に受け入れられること(それは今迄の自分の価値観に合致している内容)
もあれば
素直には受け入れられないこと(自分の信仰観に反するもの)
もありました。

いろんな葛藤があったけど、最終的には

神を信じる(宗教とか理屈を超えて)

宇宙を信頼する

神として生きる

という決心をしました。


それからほとんど全てのマスターが説いている

瞑想にも取り組みました。


瞑想が生活の中心になっている日々が続きました。


Amazonで次から次に精神世界の本を買って、毎日本ばかり読んで過ごしました。


自宅の庭で家庭菜園をはじめて、土を耕したり、草引きをしたり、土いじりが生活の中心になっていた時期もありました。


そしてこのブログ「あるがままに」を毎日書くことが生活の中心となっていた時期もありました。


いろんな段階を経て
僕の身体と精神は少しずつ回復していきました。


人生初のマラソンに挑戦しよう! と毎日ランニングをして、走ることが中心の日々がはじまりました。


運動をすること、汗を流すことは本当に気持ちが良かったです。

走っていると、頭の中のモヤモヤが消えていき
自分がひっかかっていたこと
過去に囚われていたこと
そんなことが、全部

どうでもいいや!ε=ε=ヾ(´=∀=)ノ

という気分になってきます。

人間って、たぶん身心が充実していないと走ることはできないと思います。

なので、その裏返しというか、走っていると
充実している自分
走っている自分に
酔う…
というか、セルフイメージは確実に高まります。

そんな感じの日々が去年の夏ぐらいまで続いていました。

が!

土をいじっても、瞑想しても、読書をしても、走っても
収入にはならない! (;・∀・)

あたりまえですね…

貯金とよべるほどの蓄えもなかったけど、そういった蓄えも底をつきそうになり
このままではヤバイ… と僕のエゴはざわざわと心配を始めました。

ネットでバイトを探しまくったのは、この時期です。

でも、正直

40歳でバイトって、なかなか厳しいなあ… と思った。

家族を支えるためには高額な時給を… と探すけど、なかなかないし

居酒屋の深夜バイトとか、引っ越しとか

かなり限られてくるし、僕は正直、それをしている自分が想像できなかった(というか想像したくなかった…)。

それで、夏が終わる頃に

このまま終わるわけにはいかない!

せっかく独立したんだから、全力で働く! しっかり稼ごう!

と決意して、ビジネスに打ち込みました。

そして、秋が終わって冬がはじまる頃に、がんばった行動から少し遅れて収入が入ってくるようになり、なんとか一息をつけるようになりました。

そして、今年に入ってからも、今はしばらく仕事をがんばっていろんなことを軌道に乗せよう! って毎日、家の近所にかりた事務所で一人で仕事に打ち込んでます(←いまここ)


そういう仕事モードな日々なので、なかなかこのブログも更新できませんでした。


この激動の一年半を振り返って、あるいは僕の人生を振り返って今こころから思うのは

自分にとって必要なことが
最適なタイミングで
起きていたんだな…

ということです。

そして、それはこれからもずっと同じで
ただ、起こるべきことが
起こるべき時に
起こるんだろうな…
と思っています。

こういう認識はよく阿部敏郎さんも言っているし、いろんな覚者が言っているけど、

僕も最近になって、そのことが腑に落ちたというか、
本当にそうだなと思っています。

というか、遠慮なく恥ずかしがらずに
本音を言うと
完全に確信しています(`・ω・´)キリッ

そして、この認識を得ることさえできたら、
人生は無敵で
自由自在なんだな… ということもわかりました。

本当にそう。

人間である以上は、日々いろんなことが起きる。

嬉しい事もあれば、悲しいこと、心配すること、不安になること…

も当然起こる。

ただ、不安や恐怖にはもう支配されない。

不安や恐怖は200%、自分のエゴが脳内でこしらえたでっち上げSTORYだから。

私たちは、無敵であり、自由です。(真我の自分ね)

この宇宙は私(あなた)が想像したものです。

私(あなた)は神です。

限りなく豊かで自由で愛にあふれた宇宙を
貧しく、不自由で、不安と恐怖に満ちた世界にしているのは
私(あなた)の中のエゴです。


良い、悪いを決めているのは人間のエゴで
宇宙にはただ起こるべきことが起こっているだけで、
そこには善も悪もない。

この認識を持つことができるようになれたのも
全部
欝になったおかげです。

欝になったおかげで、
メンターさんに出会い
精神世界の本に出会い
宇宙の真理を知り
独立して自由になり
経済的にも豊かになり
恐怖や不安から解放されることができました。

つまりは、僕の人生にとって最悪の出来事と思っていた
鬱病こそが
最善の出来事であり
まさに神の恩寵だったのです。


一時期、精神世界の本にどっぷりはまっていた時

悟りたい…

覚醒したい…

苦悩から解放されたい…

と、そんなことばかり考えていた時期がありました。

悪い欲ではないけど、スピリチュアルの罠に一歩間違えればとらわれてしまうような状況でした。

今、僕は、悟りたい! とかそういう感じのことを考えることはほとんどなくなりました。

ただ、毎日が幸せで
ありがたくて
なんだか
ふわふわ
としています。

これって、僕が人生で心から望んでいた状態です。

僕は覚ったわけでもなく、覚醒したわけでもないけど、そんなことは本当にどうでもよくて

ただ、ただ、今は嬉しくて、全てがありがたいのです。

あるがままに

生きるだけです。



また、けっこう長い文章になってしまいました…

僕が最近思っていることで、一番あなたに伝えたいのは

あなたの人生には
あなたにとって本当に必要なことが
最適なタイミングで起こっている

ということです。

良い現象だけでなく、
お金を失った… 恋人を失った… 仕事を失った… メンタルが壊れてしまった…
というような、一見、悪く見える現象も
それは必要なことが最適なタイミング起きているのです。

順風満帆はもちろん素晴らしいことですが、
人は失敗した時に成長し
失意の時に、喜びの種をまきます。

特に現代人は
生きるのは難しい… 人生はラクじゃない…
という集団催眠にかかっているし
エゴだらけになっているので、
よっぽどのショックなことがなければ真我に帰ることなどできないのです。
(そんなこともなくナチュラルに真我に帰る人もいるとは思いますが)

僕もエゴ満載、人の評価を気にする人生を生きていたので、
そういう思い込み、エゴの自分をぶっ壊すために
誰からも評価されない… というか、
「アイツ… もう終わったな…」
という欝状態にまで落ちたのです。(過ぎ去ってからわかる)

それは本当に当時は辛かったけど、いろんなもの失ったからこそ
真我に帰ることができました(エゴと真我を行ったりきたりしてますが!汗)

これって本当にすごいドンデン返しというか、神のシナリオって
本当にスゴイと思います。

だから、全て愛なんです。

あなたの人生に、今どんな困難があったとしても
それは神の愛です。それが神の恩寵です。

ただし、エゴで執着すれば、苦しみは永遠に終りません。

自分を神だと知り、エゴではない本当の自分… 真我に帰ることで
人生の問題全てを解決することができます。

今まで起きたことも、これからも起きることも、すべて解決します。

そこから、私たちの本当の人生がはじまるのです。
(あとはボーナスステージのようなもの)

真我に帰ることで
誰のためでもない、
あなたのための、
あなたの宇宙の、
愛と自由と喜びに溢れた人生がはじまります。





編集後期

やっぱり長文になってしまった…

三ヶ月ぶりの更新にも関わらず、編集後記まで読んでくれている
あなたのことが大好きです!٩(๑❛ᴗ❛๑)۶ 

PS
今でも仕事しながらも、精神世界の本はよく読んでます。
一度読んだ本たちを再び読んでいることが多いのですが
欝の時にすがるようにたくさん読んだ本たちは
僕を大いに助けてくれましたが
当時は必死すぎて入ってこなかった内容が
冷静になった今、
そして少し成長した今(汗)
読んでみると
新しい発見が多々あります。

また、当ブログにて、覚者たちの素晴らしい教えの
おいしいところをピックアップしてお伝えしていこうと思います。
(・∀・)




おすすめの本

アジャさんはスゴイ…




本日の記事の内容を世の中にシェアしたいと思ったら
 クリックしてください٩(๑❛ᴗ❛๑)۶ 
 ↓

 ↓


最近書いた記事





























※これより以前の記事は下記リンクから読めます。


このブログの過去記事・バックナンバーはこちら



2015年1月14日水曜日

一輪の仕組みとは【その3】

一厘の仕組み

一厘の仕組み(いちりんのしぐみ)・一輪の秘密について… 昨日・一昨日からの続きを書きます。

※一昨日の記事はこちら→一厘の仕組みとは

※昨日の記事はこちら→一厘の仕組みとは【その2】


さて、前回までの2回で、一厘の仕組み・一輪の秘密をの真相を説明するために、その前段となる、神代の昔から現代に至るまでのストーリーについて説明しました。

簡単に言うならば、地上天国を実現させようとする善神と、それを妨害しようとする悪神との戦いが神界で行わており、その神界の動きが僕たちの暮らす現界にも写っているというわけです。

大きな流れとしては、世界は地上天国の実現に向けて「愛」や「平和」を希求する明るい動きが増えてきているように思います。

しかし同時に、悪神の最後の断末魔というか、地上天国の実現は、悪神・邪神の滅亡を意味するので、そうはさせない! という不穏な動きも活発化している面もあります。

世の中には素晴らしい人たちがたくさんいますが、同時に平気で人を殺せる人、人を殺すことに全く罪悪感を感じない人がいるのも事実です。

神の名の元に、宗教の名の元に、異教徒を殺りくすることを正義と思っている人たちもいます。

敵対民族は滅ぼすべきもの… というジェノサイドもあります。

人の命までは奪わなくても、お金のためなら平気で人を騙せる人たちもいます。

これらの悪事は人間が行っているようにしか見えませんが、実は、悪神・邪神、あるいは悪魔といってしまってもいいですが、そういった邪霊たちに憑依されて行っているという面もあるのだと思います。


神さまの目的は地上天国の建設ですが、このような悪神の抵抗があることは予想の範囲内でした。

そして悪神の目論見が実現すれば、人民が三分になる…(地球上の人口が3%になる)、ということも知っていました。

そうさせないために、国祖・国常立尊が明治25年に復活し、国祖に連なって押し込められていた多くの善神たちも、地上天国を実現させるために表に復活をしてきました。

しかしながら、悪の勢力の力は侮れないものがあります。

なんといっても、過去に善神たちを無理やり引退させるだけのパワーをもっていたほどです。

そこで、国祖は遠いはるか昔に、世界の終末に際して、世界を改造するための「珠(たま)」を隠し置かれました。

終末に際して、国祖はこの隠していた「珠」を使用することで、この善神と悪神の戦いに終止符を打ち、地上天国を実現させると言われているのです。

そのことを「一厘の仕組み」とか「一輪の秘密」と言うのです。

さあ、ではいよいよその秘密そのものの内容についてメンターさんから教えてもらったことを以下に公開します。


一輪の仕組み・一輪の秘密の真相


2015年1月9日の朝、僕は下記メッセージをメールでメンターさんから受けました。

タイトル
あなたに出来ること

メッセージ

「あなた」という個人として固まった「あなた」が目覚めるのではなく

あなたの中の「完全なる存在=大いなる存在」が目覚めるのです。

個人意識、個人想念になっている「あなた」に出来ることは

その個人意識、個人想念になっている「個人意識」のあなたを

大いなる存在に向かって、

さらしてさらして、溶かして溶かして

消すことだけです。

安心して「さらす」のです。

安心して「開く」のです。

安心して「偽物の個人意識になっているあなた」に風穴を開けるのです。

さすれば、本当のあなた(大いなる自己のあなた)が現れます。

本当のあなた(大いなる自己のあなた)を押し込めたのは

個人意識のあなた(偽物のあなた)なのです。



以上が、メンターさんから突然送られてきたメッセージです。

僕はこのメールを何度も何度もゆっくりと読み返しました。

すごく大切な重要な内容が書かれていることが直感的にわかりました。


エゴの正体については「ニューアース」を読むことで、なんとなくわかっていました。


一般的にはエゴというと、自己中心的なわがままな振る舞い… のようにとらわれがちですが、それはエゴの表面的なほんの一部分にしか過ぎません。

エゴっていうのは、本当に巧妙で、なかなか尻尾をつかむことができないのです。

僕が理解しているエゴの最大の本質は

自己意識

だと思っています。

分離感

といってもいいのですが、

自分は自分と思っている意識がエゴなのです。

例えば、私の名前は◎◎◎◎で、私は◎◎という会社に勤めていて、私には◎◎という恋人がいて、私の友達は◎◎さんと、◎◎さんで、私の趣味は◎◎… etc…

というような思考は全てエゴなのです。

スピ系を全くかじったことがない人にとっては、私が全てです。

私は私! と当然思っているし、私が幸せになるために、

私を磨き、私は働き、私にご褒美を与え、私は自己啓発し…

という世界観の中で生きているのです。

だから私が傷つけられれば、悲しんだり、怒ったりもします。

私が褒められれば嬉しいし、時に有頂天になったりもします。

でも、この〝私〟という意識で生きているということは、完全にエゴに操られていて、そしてそのエゴの存在に全く気づいていない… ということなのです。


スピリチュアルに目覚めた人であれば、エゴの存在を自覚している場合も多々あります。

しかしわかっちゃいるけどやめられない… というのか、

「宇宙は豊かさに満ちている! 引き寄せの法則を発動させよう!
(〝私〟が豊かになるために…)

「もう、お金も名誉もいらない! 
とにかく悟りを開いて真我を実現させよう!
〝私〟が全ての苦悩から解放されるために…)

「とにかくエゴから離れるためにも瞑想しよう! 
空(くう)につながって真我に帰ろう!
(〝私〟が真我を実現させるために…)

と、せっかくスピリチュアルに目覚めても、その背後にはしっかり〝自分〟という意識が残っています。
【お金や名誉】という欲望・エゴが、【悟りや真我】という欲望・エゴに変っただけっていう…

そういう落とし穴があります。

しかもスピリチュアルなエゴが肥大すると、
「欲望だらけの世間は下… 
心清らかに生きている私は上…」
という変な選民思想のようなものまで出てきちゃったりして、かえってエゴまみれになっているということもあります(スピにかぶれて上から目線の人間より、スピなんて全く知らなくても、世間の中で心清らかに生きている人のほうが僕ははるかに好きです)。

僕はずっと信仰をもってきていたこともあるし、スピリチュアルの罠についても、多くの本を読んで自分を諌めていたので、変なスピリチュアルエゴにだけは捕われないようにしようと、注意をした上にも注意をして警戒していました。

なので、あまり肩肘をはらずに、自然体で感謝をして生きよう…と思っていました。

でもです… そ…れ…で…も…

真我を実現させたい… 神として生きたい…

という無自覚に近い〝私〟意識がどこかにありました。

なので、上記メンターさんのメッセージの最初の2行

「あなた」という個人として固まった「あなた」が目覚めるのではなく

あなたの中の「完全なる存在=大いなる存在」が目覚めるのです。

を読んだ時に、まるで雷に打たれたような衝撃を受けたわけです。

僕は知らず、自分が目覚める… と思っていました。

でも、そうではないのです。

僕という個人が目覚めるのではなく、僕の中の神が目覚めるのです。

この真実を知り、僕は、「そうか、僕が目覚めなくてもいいんだ!」と思ったら、すごく肩の荷が降りたというか、気持ちがすごく楽になりました。

大きな気づきをもらったので、その日はなんとなく心が軽く、嬉しい気分で一日を過ごしました。

そして、その日の深夜、たまたま阿部敏郎さんのブログ「リーラ」のページに辿りつきました。

その日、記されていた文章を下記に引用します。



2015年01月09日
   目覚めるということ


   いま、夜中の12時半です。
ふと感じたことがあるので書いておきます。

目覚めたい、悟りたいと思っている人もいるでしょうが、それは突然やってきます。
特に、いまはそういう時代です。

ただし、このことは忘れないでください。
目覚めるのは、あなたではありません。
大いなる意識が、「あなた」という夢から目覚めるのです。

あなたが大いなる意識に目覚めるのではなく、大いなる意識があなたから目覚めるのです。

ここはとても重要なポイントなので、あらためて伝えたいと思いました。

夜中だと読者登録している人に案内通知が行って迷惑かもしれないので、明朝9時に予約しておきます。


え〜〜〜〜〜〜!

僕は衝撃を受けました。

書かれている内容が、その日の朝、メンターさんから受けた内容と全く同じです!

同じ日に、目覚めに関してのとんでもない情報を二通も受けるなんて、これには何か意味がある… というシンクロニシティのようなものを感じました。

眠りに落ちる瞬間まで、
「僕が目覚めるのではない… 僕の中の大いなる意識が目覚める…」
ということについて考えつづけました。







その翌日、朝の早い時間にメンターさんから突然電話がかかってきました。

いつもなら会話の内容を速記しながら、電話をするのですが、この日は突然だったので、僕はメモをとらずに会話をしていました。なので、詳細については覚えていない部分もあるのですが…

会話の中で、僕は昨日受けたメッセージについて感謝の言葉を述べました。
すごい発見でした…! と。

メンターさんは補足的に以下のようなことを教えてくれました。
(うろ覚えなのであくまで僕の解釈ですが…)

私たちは、神も人も全ての存在が同じ一つのソースから生まれてきた
(メンターさんはそのソース・大いなる命の根源のことを
「一つの樽の中に入った同じエキス」
というような表現で説明してくれました)

そして現界では私達が一人一人〝自分〟という意識をもって、その〝自分を高めよう!〟とか〝自分が悟りたい!〟と思っているけど、そこには限界がある… 

そうではなく、その〝自分〟という意識を神さまにとかしてもらう…

神さまからは常に光輝く黄金のシャワーのような光が降り注いでいる…

その光に〝私〟という意識を〝ひらいて〟〝さらす〟ことによって、固く氷のように固まっていた〝個人意識〟は溶けていく…

そのとけた個人意識は水蒸気となり、神意識という空に帰っていく…

というような内容でした。

僕は
「心のどこかで自分が悟りたい… という思いがありました。でも、それ自体がすでに個人意識で… そうではなくて本当は全くの真逆なんですね… 
自分を捨てた時にはじめて目覚めることができるんですね…」
と素直に告白しました。

メンターさんは出口王仁三郎さんが説いた霊界物語のキーワードともなっている
〝捨身活躍(しゃしんかつやく)〟
ということについて、更に教えてくれました。

要するに捨身というのは、我が身を捨てる… ということです。

つまり、自分が悟りたい… とか、自分が幸せになりたい…
という思いを手放して、自分を捨てることで、逆に神さまからの光を浴びて、
自分の中の神、神である本当の自分が表に出てくる。

そうすることによって、はじめて神の手足となって活躍することができるし、それが神人合一で、その境地になれば、いいことしか起こらない。

悟ったから苦悩はしないけど、現実世界の厳しさは変わらない… なんてふうにちっちゃい個人の悟りをはるかに超えた世界がある。

と教えてくれたのです。

僕は
「自分を捨てる… それがキーワードだったんですね! でも僕が悟る… と思うとハードルが高い気がするけど、自分の中の神さまが目覚める! と思うと、なんだか気持ちが楽になりました。でも自分を捨てることで逆に神人合一するなんて、神さまもドエライ仕組みを作ったものですね… 人は悟りたい、幸せになりたいと、自分の外側を必死で探求するけど、実は最大の本物の宝は自分の中にあった!なんてスゴイですね…」

というと、

メンタ―さんは、

今話したこと…
目覚めるのは〝私〟ではなく、私の中にある大いなる意識、
つまり自分を捨てることで神になる。

これこそがね一輪の仕組み
一輪に秘密の真相なんだよ。

王仁三郎さんもそのことを〝捨身活躍〟という言葉でちゃんと説明してくれてたんだよ。


と教えてくれたのです。

一厘の仕組み・一輪の秘密については、僕も一時期「いったい何なんだろう?」と興味があった時期があったのですが、「人間心で考えても無理!」と、考えることを忘れていました。

それが、こんな休日の朝の一本の電話で、その真相を知らされるなんて…

でも、確かにこれは本当に壮大な秘密だと思います。

悟りを求め、真理を求め、人は山にこもったり、滝に打たれたり、インドに行ったり、ヒマラヤに登ったり、瞑想したり、本を読んだり、リトリートに参加したり、講演会に行ったり、サンガに参加したり、幸せと真理を求めて、探求を続けますが、自分の外に真理を探しても見つからず、逆に遠ざかってしまう…

そうではなく、
真理という宝は、他でもない、そもそも自分の中にあった!

というこの壮大な逆説的なからくり!


この真相はものすごいスピードで世界を駆け巡ると思います。

「一厘の仕組み」とか「一厘の秘密」という言葉が使われるかどうかはどうでもいいことですが、

自分を捨てた時に、
はじめて自分の中の神が目覚める

という、究極のシークレット、真理は、またたく間に世界中にシェアされていくと思います。

この情報があなたに伝わることで、あなたも神人合一して神になります。

あなたが神になれば、言葉はなくても、あなたの親や家族や友人たちにも、
あなたを通過した
神の光のシャワーが
周囲に降り注ぐ
ので、全てが善き方向に進み、みんな幸せになっていく
ともメンターさんは教えてくれました。

そういう人が増えてくれば、悪神は恐怖や不安で人民をコントロールすることは不可能となるでしょうし、愛の波動が地球上にどんどん拡がっていけば、確かに

地上天国は実現する

と思います。

最後にもう一度、メンターさんからもらったメッセージ、すなわち〝一輪の秘密〟を下記に記します。

どうかいま一度、心を開いて
ゆっくりと読んでみてください。



タイトル
あなたに出来ること

メッセージ

「あなた」という個人として固まった「あなた」が目覚めるのではなく

あなたの中の「完全なる存在=大いなる存在」が目覚めるのです。

個人意識、個人想念になっている「あなた」に出来ることは

その個人意識、個人想念になっている「個人意識」のあなたを

大いなる存在に向かって、

さらしてさらして、溶かして溶かして

消すことだけです。

安心して「さらす」のです。

安心して「開く」のです。

安心して「偽物の個人意識になっているあなた」に風穴を開けるのです。

さすれば、本当のあなた(大いなる自己のあなた)が現れます。

本当のあなた(大いなる自己のあなた)を押し込めたのは

個人意識のあなた(偽物のあなた)なのです。




編集後期

一厘の仕組・一輪の秘密…
いかがでしたでしょうか?

この
自分の中に答えがある… 
とか、
真理は外に求めてもダメ、自分の中に真理がある…
とか、
そういったことはけっこう前からスピリチュアルの世界では当り前のように言われている内容です。
自分が悟るのではなく、自分の中の大いなる意識が目覚める
というようなことも、情報としてしては僕も知っていました。

でも、毎日の暮らしの中で、そういうことって忘れちゃうんですよね…

ついつい〝自分〟という意識に取り込まれ、そこと一体化して一喜一憂してしまいがちです。

ただ今回は、
「自分が目覚めるのではなく、
その自分をとかした時に、
自分の中の神が目覚める」
そして、それこそが一輪の秘密である… 
ということをダイレクトにメンターさんの口から聞き、ものすごいインパクトをもって自分の中に入ってきました。

この〝自分の中に入ってきた〟という時点で、僕にはまだまだ〝自分意識〟があるのですが、肉体を持つ身として、それは許してやろうと思います… ٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

でも、この真理をはっきりと覚ったことで、僕は人生にますます迷いがなくなりました。

とにかく、メンタ―さんのいう通りに

自分を開いて

自分をとかしていこうと思います。

慌てずに、少しづつ少しづつ…

でもね、嬉しいですよね… 

ぼくたち一人ひとりの中にものすごい〝宝〟があるなんて!


ここで再び遠い神代の昔の神話に戻ります…

国祖・国常立尊は、世界の終末に際して必要となる一発逆転の〝珠(たま)〟を、この世界のどこかに隠しました。

そしてどこに隠したかは一輪の秘密となっていました。

悪神たちはきっと必死になって、シナイ山の山頂とか、冠島と沓島とか、世界中の聖地や聖域と呼ばれる場所を探しまくったと思います。

でも、神の仕組みっていうのは完璧ですね…

この地球上のどこかに隠していたなら、きっと悪神たちに発見され、その珠は破壊されていたでしょう…

なので、神は絶対に悪神に見つからない場所、つまり一人ひとりの人間の心の中に、その光り輝く〝珠〟を隠すことにしたのです。

さすがの悪神・悪魔も、まさか人の心の中に〝珠〟を隠しているとは思わず、ついにその
珠を発見することはできませんでした。

でも、そりゃあ見つからないでしょうね…

なんてったって、その〝珠〟を持っていることを、
持ち主自体に自覚がないように
神さまは仕組みを作り上げていたなんて!!!!!


おすすめの本

いま、メンターさんが一番オススメしている一冊です。
今回の記事のテーマである、自分を開く、とかす… 
ということが、これでもかというくらいに親切に解説されています。
繰り返し読む価値のある、心からオススメできる本です。




本日の記事の内容を世の中にシェアしたいと思ったら
 クリックしてください٩(๑❛ᴗ❛๑)۶ 
 ↓

 ↓


最近書いた記事





























※これより以前の記事は下記リンクから読めます。


このブログの過去記事・バックナンバーはこちら