2015年6月8日月曜日

分離からくる恐怖心

ノンデュアリティ分離と統合


本日、メンターさんから下記メッセージが届きました。

そのまま下記にペーストしますね。

タイトル「分離からくる恐怖心」

「分離」そして「統合」

 あなたは根源なる一つの魂から分離しました。分離はあなたに欠乏感を生じさせます。常に何かに欠ける思いがあなたに不安感を感じさせます。あなたは源から分離したとたん、永い永い不安感との付き合いが始まったわけです。 
 不安なあなたは身を守る必要を感じます。自分を家族をそして自分の国家を守らなければならないと思います。守るとは、孤立するという事です。 
 自分をガードするとは、自分一人きりになるという事です。あなたが自分のまわりに築いた壁は、あなたを他人から孤立させることとなります。すなわちあなたの自分を守ろうとする思いはあなたをさらなる分離へと導き、ますます強くなる分離感により、さらに防衛本能が強化され続けます。「自分を守るぞ」と決めた瞬間、あなたはその守るべき相手である敵を生み出します。 
 初期値としてある記憶を植えつけ、その後の入力はすべてこの初期値から影響を受けるようプログラムされたロボットを創ると、そのロボットは外からのどんな情報も正確に受け取ることができなくなります。そのロボットに入力されたデーターは、初期値データーと混じり合い、初期状態から離脱することはありません。 
 これが人間の自我のことです。あなたの五感を通じて入ってくる情報は、全て自分にとって安全かどうか判断され、振り分けられます。あなたの目に入る全てを、自分にとって都合の良いものかどうか一つ一つ分類して仕分けしていくわけです。 
 自分にとって都合のいい情報は取り入れ、都合の悪い事を言う人を排除します。あなたにとって好都合の宗教があると、その教えを信じ、あなたの観念を強化しますが、あなたの宗教の教義に反するものを断固拒否します。あなたの信じる教義によって善人と悪人を生み出し、あなたの強い反発が敵を生み出します。すると自ら生み出した敵から自分を守らなければならなくなり、守るためにさらに仲間との結束を強くする代わりに、その結束の強さに比例して敵の勢力も同じだけ強くなる事になかなか気付けません。 
 あなたの正義感が生み出した心の葛藤を何とかしようと、道徳や規律というルールを作り、他人が枠からはみ出さないようにコントロールしようとします。あなたは源から分離した瞬間から、営々と長い時間をかけ、これまで一貫して不安感を土台とした観念を、思想体系を、文明を築き続けてきました。今あなたのまわりにある全ては、不安をその基礎として創り続けられたことをしっかりと自覚しなければなりません。 
 何よりもあなたが自分だと信じて疑うことのない「あなたの記憶」という自我は、あなたが、自分は有限であるという立場から構築されたものであるということを自覚していただきたいのです。 
 そして人は無限なる源へと帰り始めました。「分離から統合」へとその流れを変え始めました。分離から生じた欠乏感の意識が、自動ロボットとして機能し続けて、分離を加速し続けてきましたが、この三次元世界は有限の世界であるため、すなわち限りがあるため、分離は限界までくると反転することになっていました。 
 人類の育て続けた防衛本能と恐怖心は、とうとう核兵器という最終兵器を生み出し、その限界点へいたりました。地球が、そして人類の集合意識がその限界であることを知ったのです。我々は、有限であるという立場から、無限であるという立場へとその土台をシフトしなければなりません。人類全員が帰り着く源がそこであるからです。 
 無限であるとは、全ての現実は自分が生みだしたということを認める立場です。全て自分が生みだした世界であるとは、他人もあなたが生みだしたという立場です。意地の悪い人がいたとしたらそれはあなたの責任であるということを認める立場です。の立場に立てば、全てあなたの責任であるということになります。すなわちあなたはもはや被害者となることはあり得ません。あなたが全ての責任者なのですから・・・。この立場に立てばもはや加害者になることもあり得ません。あなたは全てなのですから。そしてその時あなたは無限であるのですから。 
 人は自分が有限であるという立場をとったとき、不都合さの原因を自分の外に求めます。人が外部にその原因を探すと、必ずその不都合さの原因は見つかるものです。無限の立場に立ったあなたは全て自分の責任であるわけですから、その不都合さの原因を外に求めなくなるのです。何か不都合なことを感じると、「誰が」という疑問を抱くかわりに、「どうして」という問いが内側に起きてくるようになります。この内からわき上がる自分に対する問いかけがあなたを変え始めます。あなたの疑問に対する答えとして新たな現実が起きてきて、あなたにその解答をもたらし始めます。こうして次々と自我に気付く場面に出くわすようになってきます。 
 私は難しいことをあなたに要求しているわけではありません。あなたは無限であるというと、人は「その考え方は頭では分かるがなかなかそんなわけにはいきません」と言います。しかし私はあなたに東大に合格しろと言っているわけではありません。あなたに総理大臣になれと言っているわけでもありません。何かに成ることを目指していくことが、どんなに大変なことであるかは、よく知っているからです。 
 しかし、総理大臣も、東大の主席になることも、どちらも有限の何かであるにすぎません。無限とはかけ離れた存在にすぎません。元々無限であるあなたがそんな有限の何かに成るなんて大変であるに決まっています。 
 私はあなたに無限者、即ち創造主の立場を「選択」しなさいと言っているのです。選択するとは単に選ぶだけのことです。あなたが町の食堂に入って、うどんにしようかソバにしようか迷ったとします。そしてやがてあなたは決断します。「お姉さんタヌキそば一つ!」と。これが選択するということです。 
 あなたは有限者の立場をとるか、無限者の立場を選ぶか、そのどちらかです。これまで一貫して有限者の立場を選択し続けてきた現実があなたのまわりに現前しています。今のままでよろしければそのまま有限者であり続ける権利があなたにはあります。それはあなたが無限者であるからです。 
 有限者の立場のあなたは自由になるために、お金を稼がねばなりません。偉くならなければなりません、名誉も欲しくなります。その全てに競争がつきまといます。「競争」とは有限者にのみ与えられる特権のことです。あなたは独立して社長という「立場に立った」ときから社長としての思考を開始します。「社員の給料は低いに越したことがない。一円でも多く売り上げを伸ばしたい」と。 
 平社員が課長に昇進するとその瞬間から課長としての思考を始めます。共産主義国家の人は共産者としての思考をし、キリスト教の信者は、キリスト教者としての思考をします。 人は誰もその立場となった時、その者の思考を開始するのです。 
 無限の立場を選択したあなたはその瞬間から創造主としての思考を開始します。「どうなろうか」ではなくて、「何を産み出そうか」と思考がシフトします。有限の立場から始まったあなたの自我という名の自動ロボットは、無限者の立場を選択したときからその流れを逆転し、自我の解放に向けて自動運転を始めます。あなたの自我があなたの味方となる瞬間です。 
 「創造された者」から「創造する者」へのシフトです。自動ロボットの反転のスイッチを押せるのはあなただけです。あなたが創造主の立場を選択したとき、他人は全てあなたを進化へ導く協力者以外の何者でもなくなります。敵がいなくなるのです。すなわち無敵となります。起きてくる現実の全てが、あなたが自身の自我に気付くためのメッセージへと変わります。あなたの環境全てが愛の化身であったことに気付きます。 
 もう誰とも「競う」必要が無くなります。あなたの敵は唯一あなただけとなります。もう人を変えなくても済むのです。自分の意識を変えるだけでいいのです。分離へ突き進んでいた「自我」という名の自動ロボットは、あなたの「無限者としての立場の選択」というスイッチの切り替えにより、これからは自我の解放へと運転を始めます。統合へ向けた自動操縦が始まります。

メッセージ引用以上

上記メッセージが本日、僕のiphoneに届いたわけですが、タイトルと最初の数行を読んだだけで、ものすごくドキッ… としました…(^_^;)

なぜなら、今の僕は見事に分離しているな… ということに気づかされたし、
メンターさんにも、現在の僕の状況が見透かされているな… と思ったからです。

上記のメンターさんからのメッセージは、僕も読み始めてすぐにわかりましたが、津留晃一さんのメッセージ集からの引用です。

このメッセージを読んで、改めて津留晃一さんってスゴイ人だなと…。
真実をちゃんとわかっていたし、それをわかりやすい言葉で残してくれた人だな…
と思いました。


僕は欝病だった時に、津留晃一さんのメッセージ集をくり返し何度も読みました。

それはすごく大きな救いになったし、欝でどうしようもなくなっていた僕を肯定してくれているような、励ましてくれているような、あなたは間違ってないんですよ… と言ってくれているような気がしました。

そして自我だけでまさに分離して生きていた僕、あるいは自分の信じる宗教の教義を絶対と信じきっていた僕の思考や魂をはげしく揺さぶり、まったく知らなかった真実の扉をあけてくれたような気がしました。

欝については、当時の状況と、そこから脱出した方法については、このブログで何度も書いてきました。

欝を克服するにあたっては、いくつかの要因があったのですが、
最も大きな決定打は…

人として生きるのではなく、
神として生きることを選択した

この一点です。

この選択を提案してくれたのはメンターさんだったのですが、僕の人生にとって最も大きな選択でした。

この神として生きる… ということは、
上記の津留晃一さんのメッセージに書かれてい文章で説明するならば…

人として生きる=分離状態で生きる。
神として生きる=統合状態で生きる。

人として生きる=自分は有限と思っている。
神として生きる=自分は無限とわかっている。

人として生きる=問題が起きるのは自分ではなく外部に原因があると考える。
神として生きる=問題が起きるのは自分の内部に原因があることを知っている。

人として生きる=世界は競争相手や敵だらけ…
神として生きる=世界には協力者しかいない。無敵!

人として生きる=私は創造されたもの…
神として生きる=私は創造するもの!

ということです。

神として生きるということは
津留晃一さんの言葉を借りて言うなら
分離状態から統合状態で生きるということです。

そしてこれは難しいことではなく、ただ単に選択すればいい…
と書かれています。
そして、統合状態、すなわち神で生きることを選択すれば
あとは自動運転で自我の解放が進んでいく…

とあります。

このただ選択すればいい… というところがポイントです。

うつ状態で何もできなかった僕でしたが、その時の僕に選択の余地はまったくありませんでした。

ただ救われたい… この地獄から抜け出したい…
その一心しかなかったし、
そのためには神として生きる… この一択しかありませんでした。

この時、僕は39歳で人生80年なら、まさに折り返し地点ですが
この選択をしたことにより、僕は以前とはまったく別の世界を生きることになりました。

変な話ですが、この選択をするまでの僕は僕じゃなかったというか、今では昔の自分が、まるで他人のように感じられます。

信仰を持ちながら、人として正しく生きてきたつもりでしたが、結局は自我・エゴで生きていたのです。

末っ子でほったらかしで育てられてきたこと、また生い立ちに多少の難があったこともあり
自己肯定感が低かった僕は、とにかく人に認められたい、褒められたい… という願望が全ての行動の根底にあったことに、この選択をした後にやっと気付きました。

僕が鬱病にならずに、あのままの勢いで生きていたらと思うと、本当にゾッとするぐらいです…

まさに無自覚に、自動反応的に生きる、エゴロボットとして、
追い風が吹けば調子に乗り、自分はスゴイ! と勘違いし、
逆風が吹けば、意気消沈して自分や他人を責める…

そんな風に一喜一憂しながら、本質を何も知らずに自我の自分のまま墓場まで行っていたと思うのです。

僕が鬱病で自律神経がおかしくなって、肉体的にもメンタル的にもどん底で一番苦しかった時に、電話口でメンターさんは何度も

欝病は神の恩寵

あなたは神に愛されているから欝になった

ということを何度も言ってくれました。

この言葉に何度も救われましたが、当時はそれが本当なのかどうなのがわかりませんでした(まともに思考することもできなかったので)。

でも、過ぎ去った今なら、よくわかります。

本当に鬱病は神さまの恩寵でした。



さて、神として生きることを選択した僕ですが、その後、津留晃一さんの言葉にある通りに、自我の解放へ向けて自動運転で順調に進んでいるのでしょうか…

僕は元々が甘えん坊で、自分にも他人にも甘いタイプです。
ダメ人間的な要素もたくさんもっています。
エゴも人より強かったと思います。

なので、ともすれば… というか、日常においては神として生きるということをすぐに忘れ、

完全に人間モードで生きています
(`・ω・´)キリッ

あきませんね…


でも、ありがたいことに、僕の人間モードが強くなってくると
今回もそうだったように、不思議なことに最適なタイミングでメンターさんからメッセージが送られてきたり、
本屋や図書館で、これはスゴイ! と思える本に出会えたりして、
人間モードから→神モードへと軌道修正されます。

ということは、やっぱり津留晃一さんのいう通り
自動運転的に、自我の解放に向かって、
分離から統合へと
僕の人生は進んでいっているのだと思います。
(かなりフラフラとした道のりですが…)

あとは、たしかに油断するとすぐにエゴ人間になるのですが、常にそれを監視しているもう一人の冷静な自分がいます。
なので、エゴに支配されるということはもうありません。
この自分のエゴに気づいている〝きづき〟があるかどうか…
欝以前と以降の最も大きな違いはそれです。




分離と統合…

前回、大和田菜穂さんの本について紹介しましたが
菜穂さんの場合、完全に統合しちゃっているわけです。

菜穂さん効果もあってか、スピ界では今、ノンデュアリティがブームのようですが、

デュアリティ(二元)とは、すなわち分離の世界です。
私とあなたは別の存在であり。神と私は別の存在です。という世界です。

ノンデュアリティ(非二元)とは、すなわち統合の世界です。
私、あなた、神を分け隔てる壁はなく、すべてがつながっているワンネスの世界。

このノンデュアリティ、統合の世界で生きている人は確かに無敵でしょう。
苦悩もなくなるし、喜びばかりの人生になると思う。
またこの宇宙の創造者となるので、当然豊かにもなっていくでしょう。

そして、宇宙はそういう統合に向けて動いているし、僕たちが生きる今の時代、ますますその動きは強く、早くなっていっていると思います。

そういう真実の言葉が書かれた本やブログも、ものすごく増えてますし。


僕もそうだけど、この文章を読んでいる〝あなた〟もきっと統合、ノンデュアリティ、神として生きる… そういう善き方向に向かって進んでいると思います。

僕はメンターさんの言葉や、多くの本、またネットからも、多くの真実を知ることができました。

自分のエゴも観察できるようになりました。

でも、現実はなかなか変わらない面もあります。

知識としは理解できたり、わかっていたとしても、在り方そのものが変わらなければ本当に変わることはできません。

一気にノンデュアリティの世界、悟りの世界に到達できればいいとは思いますが、人間のクセってなかなかなおりません。

行動(Doing)や考え方は少しづつ変えていくことができたとしても、
在り方(Being)を変えるということはなかなかたいへんなことです。


社会も歴史も親も先生も政治家もマスコミもエゴまみれ
エゴで成立している世界に私たちは生きてます

私はあなた、あなたは私!
敵なんていない!
全てはワンネス!

といくら叫んでも、そう思って生きたとしても
現実の社会では
学校でも競争があり、
会社でも競争があり、
近隣の住民にも迷惑な人とか、変った人がいたり、
世界には現実に争いや貧困や格差があり、
ニュースを見れば、自分や家族の身は危険から守らなきゃ…と思い、
韓国の反日活動とかを見れば、ワンネスの道は遠い… と思ったりして…

そういうエゴだらけの環境・世界に生きていると
すぐに自分の中のエゴが活動しはじめます。

心おだやかに生きたい…と思っていても
生きるためには働かなくてはならないし
社会で生きると、そこには複雑な人間関係があり
日々の仕事や雑事に追われて、
悟り… を実現する、ノンデュアリティの世界に生きる… 
なんてことはとてもむずかしいことのように思えます。


でも、悟りの世界に生きている
エックハルト・トールさんも、アジャシャンティさんも、大和田菜穂さんも
苦悩の時代、探求の時代が長年ありました。

また、鬱病とか、発達障害とか、人生に絶望するようなショッキングな出来事を契機に目覚めた覚者もたくさんいます。

何事も一朝一夕にはいかないんでしょう。

でも、真実に触れること
行動を変えること
在り方を変えること

薄皮を一枚一枚むくように、少しずつエゴを解体していくことで、最後にはきっとそこに到達することができると思います。

また真逆の話しになりますが、
悟りを開くのは自分ではなくて、おおいなる意識が自分という夢・幻想から目覚める… 
ということなんで、自分の在り方がどうであれ、その時が来ればそうなる…。それもまた真実です。


この世に善も悪もない。

それは真実だと思います。

善悪というストーリーをでっちあげるのは、分離して生きているエゴです。

全ての人が、思うままにそれぞれのライフを生きていて、それでいいんだと思います。

おもしろい世界です。

僕も僕らしく、あるがままに、ライフを楽しもうと思います。



編集後記&おすすめの本

今日はメンターさんからメッセージが来たので、思わずブログを更新してしまいました。

また、次回、前回のテーマの続きを書きたいと思います。


次回は前回の記事からの流れを踏まえて、
この本を読んで感じたことを書く予定です。



今、僕が読んでいる本はこちら



奇跡のコースについては、その名前はいろんなスピ系の本で何度も目にしていましたが、読んでみて、なるほどな… スゴイな… と唸りながら読んでいます。

奇跡のコースから派生して生まれた「神の使者」も、スゴイです。
深いし、おもしろいです。

奇跡のコースを読む前に、神の使者を読んだほうがいい… という声がネットにけっこうあったので、そういう順番で読んでますが、確かにそのほうが理解が深まるように思います。





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2015年6月3日水曜日

究極の真実… 大和田菜穂さんの「すでに愛の中にある」を読んで

すでに愛の中にある大和田菜穂


仰々しいタイトルですが、現在の僕の理解している範囲で精一杯書きます。
(今回を含めて3回に分けて書く予定です)

前回の記事で少し予告しましたが、まずはこの本について…



まあ本当にスゴイ本です…

すでに読んだ方ならわかると思いますが

この本には全くブレがありません。

本当に一貫しています。

ノンデュアリティ(非二元)について書かれた、この大和田菜穂さんの著書「すでに愛の中にある―個人のすべてを失ったとき、すべてが現れる」の内容をざっくりと要約すると…

私(個人)というものは幻想であり、実際には存在しない。

この世に善も悪もなく、自由意志もなく、選択もなく、全てのことに意味はない。
ただ、事が起きているだけ。

あなたは最初から愛の中にいるんだよ…

自分が存在しないことに気がつけば、その真実に気がつくんだよ…


ということが、いろんな角度からくり返し書かれています。

阿部敏郎さんが絶賛していることもあり、この本はかなり売れているみたいですが
この本のハードルは実はかなり高いと思います。

Amazonのレビューを見ても
「スゴイ本だ!」
という絶賛のレビューがある一方
「私には全く理解できない…」
という酷評?のレビューもあります。

僕は、この本は非常におもしろく、ワクワクしながら一日で一気に読んでしまったのですが、これは真実だ! と興奮しつつも、完全に受け入れられないような、少し引っかかるもやっとした部分もありました。

というのは、
私というのはそもそも存在しないし、悟りなんかも存在しない…
この世で起こる全てのことに意味なんて全くない…
と書かれているのです。

なので、
著者である大和田菜穂は存在しないし
菜穂は本なんて書いてないし
今この本を読んでいるあなたも存在しない…
とも書かれています。

ちょっとギョッとする内容ですよね…

えっ! でも本は実際に本屋に売られているし、菜穂さんが書いたやん!
それに私は現に本を買って、手にとって読んでるやん!

と、普通の感覚の持ち主であれば思わずツッコミたくなると思います。



また本の後半部分は外国人との質疑応答が掲載されているのですが

外人「今からドラッグをやってもいいですか?」
菜穂「思う存分やってください(だってあなたは本当は存在しないのだから)」

外人「菜穂、私はあなたを殺したい…」
菜穂「はい、どうぞ!(だって私は本当は存在しないのだから…ふふふ)」

と、菜穂さんの〝この世は世界も私も全て幻想で意味なんて全くない〟という姿勢、生き方には一切のブレがありません。

でも、一般的な感覚からしたら
え! 本当に何やってもいいの!?
この世とか人生に全く意味はないの?
愛する人とか家族との交流も、
打ち込んでいる仕事も、
全て幻想で意味がないの…?????

という思いが湧き上がってきます…


ノンデュアリティやワンネスなど書かれている内容は真実だと思えるけど
この本を100%理解し、同意するということは
「私は存在しないし、私の親も子供も恋人も友人も存在しないし、私がやっている仕事には全く意味がないし、人を助けることにも全く意味はないし、犯罪や人を殺すことも悪でも善でもなく、意味はない…」ということに同意するということです。

これはけっこうハードルが高い… と思います。

なので、この本はかなり読者を選ぶと思うし、理解できない… という読者も続出すると思います。

スピリチュアルの本は世間に山ほどあるし、市民権を得つつありますが、
引寄せの法則にしても、悟りについても、

〝スピリチュアルに生きることで、幸せになりたい。〟

という願望が根底にあるからこそ、人は本を読んだり、セミナーに参加したり、瞑想したりしている面があると思います。

覚醒して、悟りを開いて
それで洞窟で暮らして、一生独身のまま、誰とも触れ合わず、ずっと瞑想だけして、それで私は満足だ…
というような考え方をもっている人はあまりいないと思います。

やっぱり、人間の本能として、それはエゴかもしれませんが
愛する人と一緒になり、仕事で世界に貢献し、家族や友人と仲良く暮らし
健康に幸せに生きたい…
という思いがあるのは自然なことだと思います。

でも、菜穂さんはブレません。

仕事も家族も日本も世界も存在しないし、意味は全くない…
時間も存在しないので、過去も未来ももちろんない…
と言い切ります。

それらのことが実際に存在せず、すべて幻想であり、
私というものが完全になくなった時にはじめて真実と出会い
全ての苦悩から解放される(つまり悟り)
といいます。

阿部敏郎さんとか、雲黒斎さん、あるいはエックハルト・トールさんなんかでも
この世は幻想、私は存在しない、〝いまここ〟しかない…
など同じような真理を語っていますが、読者サービスといいましょうか
エゴで生きている人、スピリチュアルを通して幸せに生きたい人でも理解できるような言葉で本やブログを書いています。

本やブログを読んだ読者が、救われたり、元気になって、「よし! 明日からがんばろう!」と勇気づけてくれるような内容になっています。

でも、菜穂さんは違います。

読者への迎合的要素は皆無です。
多くの読者はきっと混乱します。
(だって、あなたは存在しないし、あなたそのものも、あなたのやっていることにも意味は全くない…と断言されるわけですから。明日からがんばろう!と思うあなたなんてどこにも存在しない…わけですから。)

菜穂さんは読者の混乱とかそんなこと一切気にしません。

だって、菜穂さんは本を書いていないし、
本を読んでいる読者も存在しないのだから…

このブレのなさ、一貫性はすごく潔いというか、読んでいて気持よくすらあります。



僕のこの本に関する思いは、読了直後と、それから一ヶ月ほどたった現在では、変化があったのですが、読了直後の思いとしては

「うん、わかる。ここに書かれている内容は真実だと思う。
僕自身には、悟りとかワンネスの体験はないけど、多くの覚者が言っている内容と全く同じだし、これが真実なんだろう。
私は存在しないし、世界も存在しないし、時間も存在しないのだろう…
でも、そういう理解をした上で
僕は今のこの人生を喜びをもって生きたい。
たとえ幻想であっても、僕にとって目の前にいる自分の子供はものすごいリアルだし、本当に大切で愛している。そのためにも家族との時間も大切にしたいし、仕事もがんばっていきたい。
友人も大切だし、つながっている全ての人とのご縁を大切にしたいし、大きなことはできなくても、何かしら世の中に貢献していきたい…
それに幻想の地球だとしても、個人的な夢として、死ぬまでにいろんな国を旅してみたい…」

というような思いを持ちました。


菜穂さんの境地にまで行くと、全てのことに意味がなくなるのです。
外国人との質疑の中では
「菜穂は自分の悟りとか体験を世の中に伝えて、人助けをしたいですか?」
的な質問にも
「どうして人を助けるんですか? そもそも覚った菜穂もいなければ、助けを求める人も存在しません(ふふふ)」と一切ブレません。


…うん、なんとなくわかるんだけど、それじゃあ僕たちは何のために生まれてきたの!?

人生には目的はなく、選択もなく、ただことが起きる…
人を助けることも愛することにも意味はなく
愛するあなたも愛されるあの人も存在しない…
あなたは何も生み出さないし、生み出せない
ただ事は起こる…

って、じゃあ、ボウフラのように、クラゲのように、ただフラフラと生きていたらいいの?

事が起こるのを起こるがままに傍観していたらいいの?
(だって善行にも犯罪にも、社会貢献にもテロにも、戦争にも平和にも、結婚にも仕事にも愛にも全く意味はないんでしょ?)

と言いたいような気持ちになります。

また、
この本に決定的に足りないもの… 

それは、
悟った後のことが一切書かれていないこと
です。

私は存在しない、
あなたも存在しない、
地球も存在しない、
時間も存在しない、
神も存在しない
全て存在しない
それが宇宙の真実で、その究極のリアリティを体験してはじめて人は全ての苦悩から解放され、目覚めることができる…。

あなたの人生には意味はないんだよ。全部幻なんだよ。


と菜穂さんは教えてくれているのですが、
じゃあ全部幻だとわかって、悟ったとして、その後、どうしたらいいの?

そこから人生はどういう風に展開していくの?

そういった部分がこの本には全く書かれていません。
(菜穂さんの興味の対象外なのでしょう… 人の幸せや人生の目的は。
だって人も存在しなければ幸せとか不幸という状況も存在しないのですから)


私の人生というものは存在せず、意味なんて全くない。
そのことに気づくことが悟り…

でも、悟ってもOKだし、悟らなくてもOK。
ただ全てはそこで起こっているだけなのだから…

私たちは何も選択しないし、何も考えてないし、何も生み出していない…
ただ、起こっている…

悟りそのものも存在しないし、悟りにも意味はない…
というかそもそも悟る〝あなた〟というものが存在しないんですよ。

あなたは存在しないので、あなたは悟る必要がないということです…

この感覚は言葉では説明できない…(ふふふ)


はあ・・・・・そうですか?
そうですよね・・・

僕たちは誰一人として存在していないし
神も存在しないし、
地上に楽園は来ないし、
宇宙も存在しないし、
全て存在せず
全て無意味なんですよね…

じゃあ、本当は存在しないけど、存在している?この幻想世界(僕たちが生きているこの世界)って何のためにあるの?


そんな風に読了直後には菜穂さんに突っ込みたい気持ちが湧いてきたのですが、現在はまた違う理解をしています。

そして、菜穂さんにつっこみたい気持ちがどこから来ているかというと
それは自分の自我、つまりエゴ…  ということもわかっています。


菜穂さんが、もう少し読者に気を使って、エゴで生きている人のレベルまで降りてフォローしてくれていたら、読者の混乱は少なかったと思います。

言葉が足りない… ことによって、拒絶する読者がいると思います。
でも読者に迎合してしまうと、内容が薄まって、その他多くのスピ本と内容は違わなくなっていたと思います。

逆に菜穂さんの読者の評価なんてことは全く気にかけない姿勢によって
この本は、山ほどあるスピ本の中でも、異色の傑出作となっています。

ここまで〝どストレート〟に世界の真実を語った日本人の本は、これが初めてだと思います。

いっぱい突っ込んでいて、なんだか菜穂さんを批判しているように受け取られるかもしれませんが、僕はこの本はスゴイ本だと思っているし、内容は100%真実だと思っています。

それに菜穂さんは僕と同年代(多分同学年)なので親しみを感じるし、とてもキレイな人だし

僕は菜穂さんが大好きです!
(・∀・)

…でも、菜穂さんも僕も
実際には存在しませんけれども!(滝汗)



編集後期&おすすめの本

本が増えすぎて収納できないのと、なるべく持ち物をシンプルにしたいので、なるべく本は買わずに、ここ1年は欲しい本は図書館にリクエストするようにしています。

なので、この菜穂さんの本も図書館にリクエストして借りて読んだので、現在手元にありません。

ですから、この記事に書かれている内容は、全て僕の記憶を元に書かれています。

菜穂さんの言葉の引用のように書かれている部分も、本からの引用ではなく、僕の記憶と印象で書いています。

ので、何かしらの内容の誤り、僕の読み違い… という面があると思います。
(というか僕のエゴが激しく抵抗して、菜穂さんの愛のある文章を大きく歪めてしまっていると思います…(滝汗))


この世の究極の真理を知りたい人はぜひ、実際に読まれることをオススメします。
(僕も改めて注文しようと思います)



この本への共感度、抵抗度を自己観察することで、自分のエゴの大きさ、小ささを知ることもできると思います。



究極の真実シリーズは、あと二回書く予定です。

菜穂さんの本を読んだすぐ後に、賢者テラさんのこの本を読みました。


この本を読んだことによって、菜穂さんの本を読んだ後のモヤモヤ感が薄まりました。

そして、人生にはやっぱり意味がある!
と勇気づけられました。

次回は上記本について書きます。


そして、次々回では、この二冊の本について書きます。



まだ二冊とも今現在読んでいる途中ですが、スゴイです…

この二冊を読む中で、菜穂さんの書いていた内容も腑に落ちました。

菜穂さんの書いていることは真実です。

やっぱり究極のところでは
この世の全てに意味なんてないのです。

このことを抵抗なく受け入れることが出来るようになれば、
ものすごい自由な世界の扉が開きます。

PS
この世界にも、私にもあなたにも意味はない…
でも同時に
この世界にも、私にもあなたにも意味がある…
というのが、僕の現在の理解です。

あと2回でこの矛盾した真実を
上手く説明できるかどうかは…
まったくわかりません!(滝汗)

PS2
今日の記事をアップした後に、読み返してみたのですが
僕のエゴが暴走してますね…(汗)
菜穂さんの本の内容はエゴにとっては到底受け入れられる内容ではありません。
頭では理解できても(理解したような気になっても)
肉体・個人である私として40年間生きてきた自我(エゴ)は
お前は存在しない! と言われても簡単には受け入れられないようです…
僕のエゴは本当になかなかのもんです…


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2015年5月29日金曜日

スピリチュアル・ティーチャー

スピリチュアルティーチャーイルカ


久しぶりの更新になります。

今日は昨日の出来事を簡潔に書きますね。

昨日、突発的に京都水族館に行きました。

京都水族館


京都水族館に行くのはこれで2回目です。

初めて行ったのは二年近く前で、僕がまだ欝状態の時でした。

少しずつ欝はよくなりつつありましたが、まだまだ多くの不安でいっぱいの時でした。

そんな精神状態の時に、僕は京都水族館でイルカショーを見たのですが、その時に自分でもうまく説明できないのですが、平たく言うと、すごく感動したというか、心がものすごく癒やされたのです。

もともとイルカが大好きというのもありますが、ショーが終わってからも、水槽で自由に泳ぐイルカをしばらく見続けて、そこから動きたくないような気持ちになりました。


そして、昨日のことですが、昨日は本当にたまたま梅小路公園(京都駅近くのSLの展示で有名なところ)に行って、その公園の一角にある京都水族館に行きました。

そして、オオサンショウウオにしばり見入り

アシカやアザラシを間近に見て

ゴマフアザラシ京都水族館


大好きなクラゲの水槽前で動けなくなり

クラゲ京都水族館


そして、最後にイルカショーを見に行きました。

イルカショー京都水族館


京都水族館は新しい水族館ということもあるのでしょうか… ここのイルカショーは今までに見た神戸の須磨水族館とか、新潟の直江津の水族館のイルカショーに比べると、イルカの芸としてのクオリティーはけっこう低いんですね…

イルカくんたちもまだ勉強中みたいな感じだし、4人のトレーナーさんたちもみんな若い女性でまだまだ修行中… みたいな雰囲気なんです。

でも、僕はなんというか、その〝ゆるい〟感じがすごく好きなんです。

現にイルカ君たちは、かっこいいいジャンプを決めたり、音楽に合わせて鳴き声を出したりと、がんばっているんですが、時々トレーナーの命令を無視して、演技?の途中で引き返す… ということも何度かありました。

そんな中で、トレーナーさんがこんなことを言ったんですね…

「私たちトレーナーは日々トレーニングをして、このイルカショーではミスなくイルカたちに演技をしてほしいと必死になっています…

でも、イルカたちは違うんです。

イルカ達にとっては、このショーも遊びの一つで、〝いまここ〟で楽しいと思うからジャンプしてくれたりするんです。

でも、この遊びは飽きた、今はしたくない… と思ったら、演技をしません。

なので、私たちもイルカたちを飽きさせないように、今いっしょに楽しもう! という気持ちでやっています…」

というようなことを言いました。

そのトレーナーさんの言葉が妙に深く僕の心に入ってきました。

たしかにイルカを観ていると、本当に自由というか、ものすごくかしこいし、人間が観ている… ということも自覚はしているんでしょうが、確かに〝いまここ〟だけに生きているように見えました。

飛びたいから飛ぶぜ! とは思ってるでしょうが

ジャンプ失敗したらどうしよう… 
というような未来への不安
とか

昨日のジャンプ失敗しちゃったな… ああ… やっちゃった…
なんて、過去の後悔を引きずったりしているようには見えません。

確かにイルカたちは〝いまここ〟だけに生きているように見えました。

それは、イルカに限らず、ペンギンもアザラシもタコもクラゲも、この水族館に生きる生きものたちは全員、いまここだけに生きているなあ…
と思いました。

この感覚は昨日に限らず毎日あって、

庭に飛んできて何かをついばんでいる雀とか

バイクにのっている時に、目の前の空を横切って飛ぶ鷺とか

何か生きものを見るたびに

ああ、彼らはいまここだけに生きているなあ…

という感覚が起こってきます。

やっぱり人間だけが、いまここに生きてなくて
ずっと明日や性来への不安
過去の失敗
に縛られていて、
今を生きる
人生を楽しむ… 
という感覚がないことがデフォルトになっているだと思います。

不安があるのが当たり前、心配事があるのが当たり前になっていて
麻痺状態になっているというか…

なので、いまここに生きる… ということに関しては、人間以外の動物たちのほうがはるかに達人で(というか、それが自然なこと)、イルカを観ていると、言葉では何も語らないし、彼らは難しい理屈や理論など全く知らないと思いますが、全身を使ってどの瞬間も〝いまここ〟に生きるということを体現しています。

何十冊ものスピ本を読んでもなかなか理解できないことでも、イルカを半日観ていたら、理解できる…、そんな風に考えるとイルカというのは本当に素晴らしいスピリチュアル・ティーチャーなんだな…と思います。


イルカと触れ合うことで自閉症の子供が元気になる… 欝が改善する… ということがはっきりしてきたので、イルカセラピーなるものが、静かなブームになっているようですが、確かに彼らにはそんな力があるように思います。

もし、あなたが何かに悩んでいたり、心がすこししんどいのであれば、イルカを観に行けば、すこし元気になれる! かもしれませんよ。(^^)



編集後期

イルカくんたちは〝いまここ〟に常に生きています。
あなたは〝いまここ〟に生きていますか?

確かに私たちの人生には常に困難や悩みが尽きませんが

本当に〝いまここ〟の瞬間
まさに
right here right now
何か問題があるでしょうか?

問題は全くありません!

歯が死ぬほどイタイ… 的な肉体的な痛みがある場合には話は別になりますが、
精神的なこと、心に関することにおいては
〝いまここ〟の瞬間には全く問題がありません。

お金の心配
人間関係の悩み
その他もろもろ…

すべて、人間の自我が勝手にこしらえた
未来や過去のストーリーの中で
自分の手で自分を苦しめているだけです。

いまここに全く問題がない… のであれば、
その状態でいる限り一生問題はない… ということです。

問題というのは、僕たちの心が〝いまここ〟から離れた瞬間に発生するのです。

中には、一生ほとんどの間、〝いまここ〟にいないまま、未来や過去の心配ばかりしてそのまま墓場に行く人も大勢います。

それじゃあ人生がもったいないと思いませんか?

と、なんか偉そうなことを書いてますが、僕はというと
あいかわらずの日常で、いまここから離れてばかりです…(滝汗)。

気がつけば心は一瞬で、心配の種をつかもう、つかもうとしています。

心配事を持つというのは、肉体を持つ人間、エゴを持つ人間ならではなので、それは仕方ないことだ! と開き直ったりしながらも、意識して〝いまここ〟に戻れば、やっぱり何も問題はない… という事実があります。

今でもスピ系の本はいろいろ読んではいますが、
もう理屈はいいかな… と少し食傷気味なところもあります。

それよりも、とにかく
人生を楽しむ!
あるがままに生きる
が最近のテーマになってます。

なぜそんな風に考えるようになったのか? については
次回の投稿で書きます。

ちょっとだけ予告しておくと
最近一番話題の、この本を読んだことで、
いろいろと思うところがあったんです。


まだ自分の中で消化しきれてない部分もあるのですが
次回投稿で、思ったままのことを書きます。
(・∀・)

PS
更新していないのに、その間にもたくさんのコメントをいただきました。
本当にありがとうございます。
まだ返事できてませんが、どこかのタイミングで必ず応えたいと思います。


おすすめの本

賢者テラ… という名前にやや引いてたけど…
内容は素晴らしかったし、賢者テラというネーミングに対しても理解することができました。
スピ系の本にはある種の堅苦しさがありますが、
これはその対極にある本です。
すごく読みやすいので、半日でサラッと読めると思います。
(次回の投稿でこの本についても、僕が感じたことを書きます)

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2015年4月9日木曜日

人生における究極の選択、そしてパニック障害を克服する方法。

人生における究極の選択、そしてパニック障害を克服する方法。


昨日の記事(ふわふわ)にコメントをいただきました。

コメント欄から直接返信しようと書いていたのですが、コメント欄に投稿するには長すぎる内容になってしまったので、記事として投稿することにしました。

コメントを下さったなつみさんに向けて書いた返信ですが、あなたにも何かの参考になれば幸いです。

以下、なつみさんへの返信


なつみさん… 久しぶりの投稿に、下記コメントありがとうございました。

あゆむさん初めまして。
久しぶりのブログ更新とても嬉しいです。



詳しい診断は聞かされていないのですが、私もパニック障害の様な感じで現在数ヶ月通院しています。


寝ても覚めても恐怖を感じる中であゆむさんのブログにたどり着き、優しい言葉のひとつひとつにたくさんの安心と勇気をもらいました。本当にありがとうございます。



お仕事お忙しいと思いますが、またブログが更新されることを楽しみに待ってます。

こんなことを言われると

久しぶりのブログ更新とても嬉しいです。
優しい言葉のひとつひとつにたくさんの安心と勇気をもらいました。

僕も本当に嬉しいです。
もうちょっとマメに更新していこう! という原動力になります。

パニック障害のような感じ… たいへんですね。

その辛さ、しんどさ、本当によくわかります。

ですが、きっとなつみさんには、いま善きことが起こっているのだと思います。

今の社会にストレスが多いのは事実だし、そういう中で

真面目な人
優しい人
頑張り屋さんな人

そういった人たちは、欝とかパニック障害とかに
なりやすいと思います。

この世は素晴らしい世界なのですが、同時に実際には強烈な競争社会でもあり、自然災害や経済問題など、未来を心配せざるを得ないような面があるのも事実です。

そんな世の中で上手く立ち回っていくために、人は自己啓発やスキルアップに取り組みます。

あるいは宗教に救いを求めます。

僕もそうでした。

そういったことで、一時的には問題を乗り越えたり、救われたりもしますが、根っ子にある
不安、心配、恐怖を完全に消すことは不可能です。

最終的には神(真我)に帰るしか、根本的に問題を解決することはできないのです。

だから、現在のスピリチュアルブームがあるのだと思います。

ただスピリチュアルは結構なことですが、そこにも危険性があります。

エゴはどこまでも巧妙なんです。

例えばAさんのエゴは…
この競争社会で出世して、金を儲けて、人の上にたちたい… 
というエゴがあります。

程度の差はあれ、誰もが人に認められたいし、そのためには処世術にも長けていきます。

ただ、心の優しい人とか、処世術な苦手な人も世の中にはたくさんいます。

いろいろと我慢して、それでも人として正直に生きていこうとしている人がいます。

こういう人は、自分がパンパンになるまで、我慢してがんばります。

でもそれが限界に達した時に、欝とかパニック障害を発症するのです。

これはもう、身体からの、そして心からのSOSサインということです。


そして、そういう状態になってはじめて、人は精神世界に興味をもったり、救いを求めたりするようになります(ここからが真我探求のスタート)。

だから、パニック障害とか、そういう状況になるのはしんどいことだけど、長い人生でみたら、
あるいは、死後も含めた永遠という魂のスパンで考えたら、
本当の自分に帰るチャンスがやっとやってきた… ともいえます。

あなたの準備が整ったから、それがやってきたのです。
(つまり… 神の恩寵のはじまり です!)

順風満帆でビジネスをバリバリにやっているビジネスマンとかであれば
「7つの習慣」は読むことがあっても



「ニューアース」を手にとる可能性は限りなくゼロに近いと思います。
(7つの習慣も良書です。僕は三回以上呼んでます…)



しかし、そういうビジネスバリバリの人もかならず、どこかで壁にぶち当ります。

昨日までの最先端企業が明日には倒産… ということは毎日のように世界で起きています。

成功していて、お金はあっても、家族の心はバラバラ… とか、
有名人だけどクスリに溺れる… とか、

それに自分や家族の怪我、病気、死… などはコントロールすることができません。

エゴと一体化して生きている限り、必ずどこかの段階で
恐怖や不安や悲しみに直面することになります。


でも、僕はそうなってしまうことが悲劇だとは思いません。
人は誰でも神です。
ただ、自分が神であるということを忘れてしまっています。
自分ではどうしようもない問題に直面したということは
自分が神であることを思い出すためのイベントなのです。

しかも、そのシナリオは神であるあなたが書いたものなのです。
(たとえ困難なシナリオであっても)



なので、欝もパニック障害も恩寵のはじまりなんですが
スピリチュアルの扉を開くとそこには

悟り…
とか
覚醒… 
とか
アセンション…
とか
チャネリング…
とか
ハイヤーセルフ…
とか
チャクラの開発…

的なフレーズがたくさんあります。

そういった本を読んだり、セミナーに参加しはじめると

私も悟りたい! 次元上昇したい!

的な願いとか、欲みたいなものが出てきます。

Aさんのエゴは人を出し抜いてでも、富と地位を築く… というエゴでしたが、
Bさんのエゴは、スピチュアルエゴで、奇跡体験や精神性の高さの獲得を求めるエゴです。

Bさんには、エゴにまみれた世の中は悪で、スピリチュアルな私は善だ!

的なモノサシができてきます。

もっと清らかになるために… と
あるいは奇跡体験を求めて
超常現象や覚醒体験を求めて
パワースポットめぐりをはじめたり
高額なセミナーに参加したり…

でも、これって、処世術で世の中の上に立つ! というエゴが
悟りを開いて、精神的に優位に立つ! というエゴにすり替わっただけ… という。

しかも、金儲けに走るエゴは、実は心の底では、ゼニカネだけに走っている自分は間違っているかも… という心配がどこかにあったりしますが、

スピリチュアルに走ってしまった場合、絶対に自分は正しい(世の中が間違っている)と思っているので、自分を省みるということがありません。

これってヤバイです。

頼まれてもいないのに、人にスピリチュアルなアドバイスをしたり… 
迷惑な人になっていることに自覚がありません。


僕もひたすら〝悟りたい…〟と思っていた時期がありました。
目覚めたかも! という勘違いをしていた時期もありました…
(そんなテイストの過去記事があります…(滝汗))
ただ、元来が小心者で控えめな性格? だったために、途中で安全弁が働いて、
振り子がスピリチュアルに振り切れてヤバイ世界に突入…
ということにはなりませんでした。

〝バランス感覚〟 
 という言葉が好きな僕ですから…
 (๑• ̀д•́ )✧+°ドヤッ


今はあまり何も考えてません。

昨日書きましたが、ふわふわ… な世界で生きています。

同時に、毎日働いて、本を呼んで、子どもと遊んで
友達と飲んで、時々ランニングをして…
gleeのDVDを見て、モンハンをして、ネットサーフィンをして…
リアルな世界で
自分に出来ることを、あまり肩肘をはらずにがんばっています。

※注
なつみさんへの返信のつもりが、書いているうちにいつもの万人に向けた記事執筆のような感じになってきました… なつみさんごめんなさい…(^_^;)

とにかく言いたいのは
パニック障害とか、欝とか、本当にたいへんだけど
必ず治ります。

僕は医者でもないし、長年そういった症状が改善せずに苦しんでいる人がいることも知っています。

友人・知人で今現在も
欝とかパニック障害をもっている人もいます。

なので、欝は治るよ! とか簡単に気軽には言えないし、当人には深刻な問題なので、伝え方って難しいし、実際には何も言えないです。

ただ、その人に寄り添って、話しを聞くだけです。

本質に帰る、真我に帰るということは、あくまで自発的なことであって、第三者がそれを無理強いすることはできません。

でも、誰もがそういう究極の選択の時をいつか迎えます。

偽物の自分
エゴのままで生きるか
それとも
本当の自分
神として生きるか

という選択です。


神としてこの世に生まれた僕たちですが(赤ちゃんの純粋無垢さを見ればわかる)
残念なことに、僕たちを育ててくれた親は、もちろん愛情深く育ててはくれるんですが、
悲しいかな、親も厳しい社会の中で育ってきたので、やっぱりエゴで生きているんです。
学校の先生も会社の上司もエゴで生きているんです。(神として生きている人、あるいはそれに近い人… という人ももちろんいます)

でも神である自分が計画したシナリオによって
人生のどこかの段階で
何かが違う…
と立ち止まり
宇宙の真実を知り
本当の自分、神へと帰ります。


悟り… というとどうしても崇高すぎる… というか、
自分なんかに… という面があると思います。

以前、書きましたが、実は悟りよりももっとすごい
神人合一(しんじんごういつ)
という世界があるのですが、
僕には、そっちのほうがしっくりきます。

それは決して難しいことでなくて、
僕も神だし、あなたも神です。
そして、神なんだから、神として生きよう!
という選択であり態度です。

別に聖人君子になる必要もなくて、
ただ、神として宇宙を信頼して安心して生きていけばいいんです。

これは誰にもで出来ることです。


ただ魂と同時に肉体を持つ人間には
神にもなれれば、悪魔にもなれる… というのも事実です。

神に帰らずに、エゴのまま死を迎える人がいるのも事実です。

神として生きるか?
or
人して生きるか?

言い換えれば

真我の自分で生きるか?
or
エゴの自分で生きるか?

真我コースとエゴコース…
どちらを選択するかは私たちの自由です。



ただ、僕はあなたには絶対に
真我コース
をおすすめします。( ・`ω・´)キリッ


エゴコースには、一時的な快楽や、成功、勝利、利益
などもありますが、きわめて危うい砂上の楼閣です。

そして、それらの利益を得るためには、きつい山坂を登り続けなければなりません。

また、心配や不安が尽きることはありません。

元気なうちはいいですが、破産したり、病気になったり…
死が近づくほどに恐怖は増幅します。


真我コースでは…
もう、不安も恐怖もありません。
自分が神であることを知っています。
宇宙を信頼しきっています。
だから、不安も恐怖も世界に存在しません。

人生は川下りのようなもので、神の宇宙の流れにのって
安心して、ゆうゆうと生きることができます。

もちろん川下りの途中には激流もあるかもしれません、
人生においては、身内の病や死など避けれないこともあるからです。

でも、それによって、振り回されることはありません。

なぜなら人生も宇宙も
必要なことが最適なタイミングで起こっていることを知っているからです。

自分の〝死すらもです。


なので、自分の生き死にすら思い悩むことはありません。

他人の評価や目も、もう興味がありません。

どこまでも自分を大切に(もちろん人も大切に)
自由にあるがままに生きていいんです。

宇宙を信頼し、神を信頼し、
神として、日々感謝しながら、楽しんで生きていくことができるのです。




最後に再び、なつみさん、そしてパニック障害に悩む人に
パニック障害を乗り越えるための具体的なテクニック
をお伝えします。

パニック障害の根っ子にあるものって

死の恐怖

だと、僕は思っています。


僕が最初にパニック障害を発症したのは
30歳ぐらいの時で
それは山形へ向う小型プロベラ飛行機の中で起こりました。

それまでにも
海外には行ったことがあり、飛行機といえば
お酒を飲みながら映画を見て
窓際であれば、雲の上の世界を見て
めっちゃ楽しいやん!
って、僕は思ってました。

そんな僕ですが、山形へ向う時に、突然パニックになったのです。

すごく小さなプロベラの飛行機で乗る前からちょっと不安な気持ちがありました。

こんな飛行機でした…

小型プロペラ飛行機パニック障害













そして、席について、いよいよ離陸… という直前に
急に不安がピークに達して
心臓がバクバクして
呼吸が止まりそうになって
目の前にいたキャビンアテンダントさんに大声で
「飛行機とめて〜! 降ろしてください!」
と叫びそうになりました(もちろん実際には声に出さなかったが…)

そして、飛行機が飛び立ってからも、脂汗が吹き出して、
めまいで気を失いそうでした…

ただ、30分ぐらい過ぎたら、徐々に気持ちが落ち着いて、パニック状態は終わりました。

帰りの飛行機も心配だな…

と思っていたのですが、帰りはパニックにはなりませんでした。

今日、思い出したのですが、僕は実は以前にも同じタイプの小型プロペラ飛行機に載ったことがありました。

その時からさらに2年ぐらい前に奄美大島に行くときに、小型プロベラ飛行機に乗ったのです。

ただ、その時は台風が近づいている時で、今日はフライトできないかも… みたい案内があって、空港で何時間も待たされました。

そして、何時間が遅れて、結局フライトできたのですが、天候が荒れていたので、
飛行機がめちゃくちゃ揺れたのです…
窓から見えるプロペラのついた飛行機の羽がぐわんぐわんと今にも折れるんじゃないか!?
と思えるぐらいでした。
死ぬかも… と恐怖を覚えました。

僕が山形行きの出発前にパニックになったのは、きっとその時の恐怖・トラウマが、同型の飛行機の羽とプロペラを見たことによって、パニックのスイッチがオンになったのだと思います。

落ちたら死ぬ… という死への恐怖
それがパニック障害の根っ子だったと…


この30歳で人生初のパニック障害を発症してから、僕はその後の人生はちょっと困ったことが時々起こるようになりました。

その後…

ジャンボジェットに乗る時でも出発前と飛行機の中でパニックになった…

ウランバートルの喧騒の中で、パニックになった…

観覧車の中でパニックになった…

事故の影響で閉じ込められた電車の中でパニックになった…

ただ、この時は、普段の生活は元気そのもので、特定のシチュエーションでランダムに起きるパニック障害でした。

でも、一年半前のうつ状態の時には
普通の電車の中でパニック障害
電車に乗る前にパニック障害
電車に乗れずに駅のホームで1時間…パニック状態、結局電車には乗れず…
クルマの運転中にパニック障害…

と、かなりひどい状況にまでなりました。

シチュエーションはいろいろありますが、症状はいつもほとんど同じです。

心臓がドキドキして
頭がぐらぐらめまいがして
吐き気がして
呼吸が困難になります

そして、いつも
やばい… このまま死んでしまうかも…
と思って、さらにパニックになります。

心臓が止まるかも? 息が止まるかも?

って、本当にそんな気がするのです。
まさにパニックです。



前置きが長くなったけど、
じゃあどうやってパニック障害に対処したらいいのか?

それは






死んでもいい
(*・∀-)b

と思うことです。


死ぬかもしれない! という不安・恐怖が
さらなるパニックを生みます。
死の恐怖こそが、パニック障害の原因であり
一番の根っ子なのです。

なので、それに対処するには

死んでも構わん!
(*・∀-)b

開き直ることが一番の対処方法なのです。


宇宙を信頼している僕ですが、欝が治った後でも、
乗り物に乗る時は、当初はやっぱり緊張しました。
そして、電車内でパニック障害がはじまるあのイヤな感覚が湧いてきた時もありました。

でも、その時には、
僕は神として生きると決めていたので
僕は死を恐れないようになってました。

僕の役目がこの世にあるあいだは死なないだろうと
死にたくても死ねないだろうと…

役目を終えた時に死ぬんだろうと…
その時には生きたくても死ぬんだろうと…

そう思っていたので、

「いやいや… 今、この電車の中で役目を終えるってことはないやろう!」
(ノ´∀`*)イヤイヤ

と心の中で軽くツッコミながら
今、死ぬわけがない!
てか、
100歩ゆずって、今が死に時だとしたら、
それが僕の決められたシナリオであるなら
別に
死んでも構わん!
(*・∀-)b

と心の中で思いました。

するとパニックになりかけていたココロは急速に落ち着いて何事もなく無事に目的地につきました。

これは、効果てきめんだと思いますので、ぜひお試しください。


でもね、本当に大丈夫ですよ! パニック障害を発症すると
死ぬかもしれない! とパニックになりますが
パニック障害で本当に死んだ話って聞いたことありません!

あとは、今現在の僕は、もうパニック障害は全く発症しません。
(パニック障害は完治するということです)
(もし再発したらゴメンなさい…(´・人・`)



そして僕は本心から、
死ぬ時は死ぬ時、
いつ死んでもかまわない

って思ってます。

でも、まだまだ死なないだろうな… とも同時に思っています。

まだ子どももちいちゃいし、奥さんといろんなとこに行きたいし、
もっと世界を見て、いろんな人と出会って…
だから元気に長生きしたい! とも思っています。

ただ、起こるべきことが
起こるべき時に起きるのが人生です。
(死も含めて)
でも、受け身だけじゃなくて
自分で何かを起こすことができるのも人生です。
(ここ大事!)

真我コースを選んで
宇宙を信頼して、
神である自分を信頼して
自分がやりたいことをやって
自分が生きたいように生きて
HAPPYに生きていきましょう!

あゆむ 拝
(・∀・)




編集後期

今日は記事を更新するつもりは全くなかったんだけど、
事務所について、メールを開いたら、なつみさんからのコメントが目に入って
コメント欄からサラッと返信しようと書きはじめたのですが、
途中でこれ長すぎない!?
と思って、記事として書くことにしました。

あくまでなつみさんにあてて書いていたのですが、記事投稿欄で書いていると
いつのまにか、いつもの記事更新モードになってしまって
話しが膨らんでしまいました…

でも、パニック障害にしても、鬱病にしても
僕はメンタルクリニックにも通ったし、クスリも飲んだけど
全然治らなかった(睡眠薬だけは役だった)。

でも、神として生きよう!
と選択してからは
物事は本当に早かった。
急速に欝は治まり、パニック障害にもならなくなった。

なので、やっぱり僕としては、
根本的に乗り越えるためには
神として生きる
真我に帰る
って、ことを選択するしかないと思う。

悟りを開きなさい…
と言われると、難しい気がするけど、
神として生きる
真我に帰る
ってことは、別に難しいことではなくて、

つまりは宇宙と、神である自分を信頼する

というだけのことです。

そして、神として生きることを選択しても
その後、やっぱりいろいろあります。

ショックを受けたり、傷ついたり… 心配をしたり…
とかもあります。

そりゃそうですって!
人間だもの!w

私は悟りました…
宇宙は私の思いのままであり、
もう苦悩は一切ありません…

という人間は、僕は少し信用できないです。

身内の死は悲しめばいいし(悲しいにきまっている)
面と向かって「お前のことが大嫌い! 死ね!」
と言われてニコニコするのは嘘だと思う。

喜怒哀楽や感情は神が与えてくれたものであり
それコミで、僕らは神なんです。

無理なく、自然に、感謝して生きていくだけでいいと思う。
ふわふわと… あるがままにね!


PS
神として生きても
いろんなことは起きる…
と書いたし、実際にそうだと思います。

でも、でもです!
実際には、ほとんどいいことしか起こらないようになる… 
というのが僕の実感です。

実際に、神として生きることを選択して
1年と少したちましたが、
そう選択してから
僕には一度もイヤな事は起きていません。

一つもです。

逆に

嬉しいな、ありがたいないな、ラッキーだな!
とうことは、たくさん起きています。

心配はほとんどないし
イヤな人とも合わないし
逆に好きな人、会いたい人にだけ会えます。

ストレスもないし、無理というものがありません。

ということで、やっぱり
真我コースをオススメします。
(・∀・)


おすすめの本

アジャさんはスゴイ…




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2015年4月8日水曜日

ふわふわ

ふわふわ


前回の更新が1月14日だったので、三ヶ月以上も更新してませんでした。

その間、何度か記事を書こう… と思いつつも何故か書けなかったというか、書かなかった。

今日は本当にきまぐれで書きます。特にテーマはありません。(^_^;)



今から一年と半年ほど前に、欝になったり、仕事をやめたりして、すごく苦しい時期がありました。

布団から出られず、ドアから出られず、食事も喉を通らず、タバコすら吸えない(風邪でも吸う僕には考えらない!)ような状態でした。

子どももかなり心配していて、子どもなりに僕に気を使ってくれているのがわかったし、優しく接してくれると、それが本当に申し訳ないような、なんともいえない気分で…

以前の僕は、毎日こどもと身体を使って全力で遊んでいたので、なんとか子どもには心配かけまい… とカラ元気の一つでも出したい! と思うのですが、まったく身体もココロも自分のいうことをききませんでした…(というか、それは今振り返ってそう思うのかもしれない。当時はそもそもそんなことを考える余裕なんて全くなかった)

奧さんには本当に感謝をしてます。

僕がダメダメだった時に、

「あなたが働けないなら、私がその間、家族を支える」

的なことをいってくれたことは、本当にありがたかった(元気になった今、当時のことをチクチク文句を言われることもありますが…)。


何もできないし、何もしたくない…
でもどうにかそこから抜け出したい… 
という想いはもっていました。



当時の僕を救ってくれたのはメンターさんからの電話と精神世界の本でした。


それまで僕は神道の信仰観で生きてきたので、

ワンネス

とか、

さとり

とか、

はじめて知る内容に頭もココロも揺さぶられました。

素直に受け入れられること(それは今迄の自分の価値観に合致している内容)
もあれば
素直には受け入れられないこと(自分の信仰観に反するもの)
もありました。

いろんな葛藤があったけど、最終的には

神を信じる(宗教とか理屈を超えて)

宇宙を信頼する

神として生きる

という決心をしました。


それからほとんど全てのマスターが説いている

瞑想にも取り組みました。


瞑想が生活の中心になっている日々が続きました。


Amazonで次から次に精神世界の本を買って、毎日本ばかり読んで過ごしました。


自宅の庭で家庭菜園をはじめて、土を耕したり、草引きをしたり、土いじりが生活の中心になっていた時期もありました。


そしてこのブログ「あるがままに」を毎日書くことが生活の中心となっていた時期もありました。


いろんな段階を経て
僕の身体と精神は少しずつ回復していきました。


人生初のマラソンに挑戦しよう! と毎日ランニングをして、走ることが中心の日々がはじまりました。


運動をすること、汗を流すことは本当に気持ちが良かったです。

走っていると、頭の中のモヤモヤが消えていき
自分がひっかかっていたこと
過去に囚われていたこと
そんなことが、全部

どうでもいいや!ε=ε=ヾ(´=∀=)ノ

という気分になってきます。

人間って、たぶん身心が充実していないと走ることはできないと思います。

なので、その裏返しというか、走っていると
充実している自分
走っている自分に
酔う…
というか、セルフイメージは確実に高まります。

そんな感じの日々が去年の夏ぐらいまで続いていました。

が!

土をいじっても、瞑想しても、読書をしても、走っても
収入にはならない! (;・∀・)

あたりまえですね…

貯金とよべるほどの蓄えもなかったけど、そういった蓄えも底をつきそうになり
このままではヤバイ… と僕のエゴはざわざわと心配を始めました。

ネットでバイトを探しまくったのは、この時期です。

でも、正直

40歳でバイトって、なかなか厳しいなあ… と思った。

家族を支えるためには高額な時給を… と探すけど、なかなかないし

居酒屋の深夜バイトとか、引っ越しとか

かなり限られてくるし、僕は正直、それをしている自分が想像できなかった(というか想像したくなかった…)。

それで、夏が終わる頃に

このまま終わるわけにはいかない!

せっかく独立したんだから、全力で働く! しっかり稼ごう!

と決意して、ビジネスに打ち込みました。

そして、秋が終わって冬がはじまる頃に、がんばった行動から少し遅れて収入が入ってくるようになり、なんとか一息をつけるようになりました。

そして、今年に入ってからも、今はしばらく仕事をがんばっていろんなことを軌道に乗せよう! って毎日、家の近所にかりた事務所で一人で仕事に打ち込んでます(←いまここ)


そういう仕事モードな日々なので、なかなかこのブログも更新できませんでした。


この激動の一年半を振り返って、あるいは僕の人生を振り返って今こころから思うのは

自分にとって必要なことが
最適なタイミングで
起きていたんだな…

ということです。

そして、それはこれからもずっと同じで
ただ、起こるべきことが
起こるべき時に
起こるんだろうな…
と思っています。

こういう認識はよく阿部敏郎さんも言っているし、いろんな覚者が言っているけど、

僕も最近になって、そのことが腑に落ちたというか、
本当にそうだなと思っています。

というか、遠慮なく恥ずかしがらずに
本音を言うと
完全に確信しています(`・ω・´)キリッ

そして、この認識を得ることさえできたら、
人生は無敵で
自由自在なんだな… ということもわかりました。

本当にそう。

人間である以上は、日々いろんなことが起きる。

嬉しい事もあれば、悲しいこと、心配すること、不安になること…

も当然起こる。

ただ、不安や恐怖にはもう支配されない。

不安や恐怖は200%、自分のエゴが脳内でこしらえたでっち上げSTORYだから。

私たちは、無敵であり、自由です。(真我の自分ね)

この宇宙は私(あなた)が想像したものです。

私(あなた)は神です。

限りなく豊かで自由で愛にあふれた宇宙を
貧しく、不自由で、不安と恐怖に満ちた世界にしているのは
私(あなた)の中のエゴです。


良い、悪いを決めているのは人間のエゴで
宇宙にはただ起こるべきことが起こっているだけで、
そこには善も悪もない。

この認識を持つことができるようになれたのも
全部
欝になったおかげです。

欝になったおかげで、
メンターさんに出会い
精神世界の本に出会い
宇宙の真理を知り
独立して自由になり
経済的にも豊かになり
恐怖や不安から解放されることができました。

つまりは、僕の人生にとって最悪の出来事と思っていた
鬱病こそが
最善の出来事であり
まさに神の恩寵だったのです。


一時期、精神世界の本にどっぷりはまっていた時

悟りたい…

覚醒したい…

苦悩から解放されたい…

と、そんなことばかり考えていた時期がありました。

悪い欲ではないけど、スピリチュアルの罠に一歩間違えればとらわれてしまうような状況でした。

今、僕は、悟りたい! とかそういう感じのことを考えることはほとんどなくなりました。

ただ、毎日が幸せで
ありがたくて
なんだか
ふわふわ
としています。

これって、僕が人生で心から望んでいた状態です。

僕は覚ったわけでもなく、覚醒したわけでもないけど、そんなことは本当にどうでもよくて

ただ、ただ、今は嬉しくて、全てがありがたいのです。

あるがままに

生きるだけです。



また、けっこう長い文章になってしまいました…

僕が最近思っていることで、一番あなたに伝えたいのは

あなたの人生には
あなたにとって本当に必要なことが
最適なタイミングで起こっている

ということです。

良い現象だけでなく、
お金を失った… 恋人を失った… 仕事を失った… メンタルが壊れてしまった…
というような、一見、悪く見える現象も
それは必要なことが最適なタイミング起きているのです。

順風満帆はもちろん素晴らしいことですが、
人は失敗した時に成長し
失意の時に、喜びの種をまきます。

特に現代人は
生きるのは難しい… 人生はラクじゃない…
という集団催眠にかかっているし
エゴだらけになっているので、
よっぽどのショックなことがなければ真我に帰ることなどできないのです。
(そんなこともなくナチュラルに真我に帰る人もいるとは思いますが)

僕もエゴ満載、人の評価を気にする人生を生きていたので、
そういう思い込み、エゴの自分をぶっ壊すために
誰からも評価されない… というか、
「アイツ… もう終わったな…」
という欝状態にまで落ちたのです。(過ぎ去ってからわかる)

それは本当に当時は辛かったけど、いろんなもの失ったからこそ
真我に帰ることができました(エゴと真我を行ったりきたりしてますが!汗)

これって本当にすごいドンデン返しというか、神のシナリオって
本当にスゴイと思います。

だから、全て愛なんです。

あなたの人生に、今どんな困難があったとしても
それは神の愛です。それが神の恩寵です。

ただし、エゴで執着すれば、苦しみは永遠に終りません。

自分を神だと知り、エゴではない本当の自分… 真我に帰ることで
人生の問題全てを解決することができます。

今まで起きたことも、これからも起きることも、すべて解決します。

そこから、私たちの本当の人生がはじまるのです。
(あとはボーナスステージのようなもの)

真我に帰ることで
誰のためでもない、
あなたのための、
あなたの宇宙の、
愛と自由と喜びに溢れた人生がはじまります。





編集後期

やっぱり長文になってしまった…

三ヶ月ぶりの更新にも関わらず、編集後記まで読んでくれている
あなたのことが大好きです!٩(๑❛ᴗ❛๑)۶ 

PS
今でも仕事しながらも、精神世界の本はよく読んでます。
一度読んだ本たちを再び読んでいることが多いのですが
欝の時にすがるようにたくさん読んだ本たちは
僕を大いに助けてくれましたが
当時は必死すぎて入ってこなかった内容が
冷静になった今、
そして少し成長した今(汗)
読んでみると
新しい発見が多々あります。

また、当ブログにて、覚者たちの素晴らしい教えの
おいしいところをピックアップしてお伝えしていこうと思います。
(・∀・)




おすすめの本

アジャさんはスゴイ…




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